ただ、こうした授業だからこそ、きちんと発言の質を見極めたり、関係のない発言を途中でドラスティックに遮断する能力が教授に求められるわけだが、残念ながら、そうした教授はほとんどいない。クラスパーティシペーションスコアを上げようと、無理やり質問を作って投げかける学生も結構いるのだが、そうした明らかに質の低いものでも、制することが出来ずに受け入れてしまっている。また、今はこのテーマについて話をしていて、そのテーマはその後に話す、ということを事前に説明しているにも関わらず、どうしても発言ポイントを稼ぎたくて、フライングをするルール破りの人間もいる。こうした場合も、教授が断固とした態度で臨めばいいのだが、そうしたフライング発言が行われると、次に議論するはずだったテーマのタイトルをホワイトボードに書き出し、そのフライング発言を受け入れてしまう。
ということで、この第3タームは無秩序に子供達が言いたいことをいう幼稚園のようである。だが、成績のために自分も幼児回帰しなければならないこともまた事実…。再び現場に戻った時、現場の思考レベルに戻るまで時間がかかるかもしれないことが危惧される。
1 コメント:
柔道とJUDOみたいな話ですね。
武道としての柔道と、ポイントスポーツとしてのJUDO。
審判の心証を良くして指導でポイントを稼ぎ、格好だけ攻めて見せるだけのJUDO。
日本人には馴染めない性根ですね。
個人的な希望としては、一本を取る発言を貴兄には目指して欲しいですね。
そういう姿勢を貫けば、いつかそれに賛同する人も現れることでせう。
では・・・。
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