2010年1月24日日曜日

MBA

帰国して1カ月が経った。あっという間に日本の生活に慣れ、いや慣れるというよりただ戻ってきたという言い方の方が正しいだろう。今ではマドリーの生活がまるで幻のようである。

2008年8月から2009年12月までの17ヶ月間、自分の人生で初めての海外生活であった。MBAで学んだこと以外にもたくさんのことを学んだことはいうまでもない。だがここで忘れないうちに、自分がMBAで学んだものを記しておきたいと思う。何かあったら、これを読んで初心を取り返したい。日本で仕事をしていると、環境に飲みこまれて、あっという間に留学で学んだことを忘れてしまいそうだからである。

コミュニケーション能力

異文化で生きている人間とどう接するかは、この留学における最大の課題と位置づけることが出来る。しかし意外にも共通点が多かった。ラテン文化圏、アングロサクソン文化圏、ゲルマン文化圏、どこにおいても、優秀な人間はとても論理的に人を説得しようとするし、且つ他人に気配りが出来る。それに結局、仲良くなるためには、時間をかけ色々な話をしなければならない。座って酒を飲みながら話すことは、誰とコミュニケーションするにも世界共通で有効な手段である。こうしたところは、人間だから当たり前なのかもしれない。目立った違いといえば、日本で可能なような、一を言って十わかってもらうことは出来ないということである。授業中やグループミーティングでの発言において、これだけ言えばわかるだろうというつもりで発言をしても、それはどういうことか、と問い返されることが多い。また、レポートにおいても会社の業務での癖が出ていたのか、なるべく少ない分量で端的に内容を説明することを心がけていた。だが、如何に内容的に的を得たことを述べていたとしても、結果として一定量のボリュームがなければ高得点は難しい気がする。きちんと文章が一本の線で繋がっていること、そして理解するのに十分な例示が必要である。それ以外の点では、その日に起こった衝突を次の日にはすっかり忘れたかのように触れ合うことが出来ることではなかろうか。

俯瞰的視野

経営者にとって大切なものであるし、これを与える為に、MBAコースは浅いと言われながらも広範に学ばせる姿勢を崩していないのだと思う。仕事柄、担当していた個別案件が全社的な観点からどのような位置づけにあるのか、あるいは各システムの経営に与える影響度合いはどれほどのものか、といった話には比較的慣れていたと思う。ただそれらに加え、Strategyの体系的学習、商社ではあまり見られないMarketing、民間企業以外の組織との関わり方に焦点を当てたBusiness Government and Society等視野を広げる機会に恵まれた。Financeにおいても、B/Sの左側に焦点を当てていた業務での経験に加え、調達サイドであるB/Sの右側についても学習することが出来た。

英語力

留学前は全く自信がなかったので、その時に比べれば上達をしたと思う。一方で、英語に対する現実を目の当たりにしたという点では、まだまだ改善の余地があることを認識せざるを得ない。現実というのは、外国人はほぼ自在に英語を駆使するが、自分を含めたほとんどの日本人はそれが出来ないということである。ただこの現実認識は、前に進むためのポジティブな一歩であると考えている。英語はツールでしかないなどと言われているが、英語が本当に出来るということはすごいことだと思う。出来ていると思っている人でも本当は出来ていないのではないかと思う。外国人と対等に伍すためには、英語力が絶対に必要であり、それは言っていることをきちんと理解し、自分の言いたいことをきちんと言える英語力を意味する。英語がきちんと出来ないと次第に相手をされなくなってしまう。日本が欧米から未だに非常に遠いのは、英語が出来ないからだという単純な理由が依然として根強いと思う。欧州MBAという世界に来て、本当にインターナショナルな環境に身をおくとわかるのは、英語が出来ないのは日本人だけだと言うことである。実は韓国人も相当英語が上手い。教授から質問が出て、自分以外の58人全員が手を挙げたのを感じた時、自分だけ世界から孤立した気がした。17ヶ月程度の留学期間ではとても外国語を習得するのは難しい。それ故、今後も研鑚を怠らないようにする。

積み重ねてきたことへの自信

如何にWorld Wideであり、Top RankingのMBAであっても、学生の平均年齢が29歳のコースであるため、誰もがそれほど長い実務経験を有しているわけではない。殊に総合商社という世界的にも稀なタイプの企業で、且つリスク管理というあまり皆に馴染みのない仕事に関わってきた自分がこれまで蓄積してきたことは、トップクラスの学生達に対しても十分な貢献が出来たと思う。財務諸表分析、キャッシュフローマネジメント、法務的、税務的な側面等、これらを総合的に理解している学生はほとんどいなかった気がする。ただ一方で、弁護士や会計士は当たり前、医者、車のエンジン設計者、オペレーションマネジメントのプロフェッショナル、軍隊の指揮官等、特定の専門分野を駆使して既に世界で勝負をしているスペシャリストがいることも事実で、彼らの専門性の深さには到底及ばない。今やMBAは当たり前、それに加えて武器となる専門性を有することが世界標準になってきているのではないかと感じた。もう少しで30歳を迎える自分としても、今後は専門性の深化が必要になると思う。

ネットワーキング

ネットワーキングの真価が問われるのは、在学中ではなく、卒業後である。だからこの場でこれをどの程度達成出来たか述べるのは妥当ではないと思う。在学中は誰もかれも一緒にいるので、交流を深める機会が十分にあり、ネットワーキングに成功したように感じるものだと思う。だが問題は、その後も持続できるような深い仲をどれだけ築けるかである。その後仕事上のメリットを享受するには、相当苦しいプロセスを共に過ごした等の共有経験が必要であろう。正直そういった友達は何人もいるわけではない。いくらSkypeやFacebookが発達したと言っても、物理的な繋がりをきちんと持たないことには人間の関係維持は難しいと思う。とはいえ、世界中に学友がいることは間違いないので、近隣国を訪れる度に彼らとコンタクトを試みたい。

国際的視点

国際的視点というと大げさに聞こえてしまうが、なんとなく世界がどういう風に構成されているのか分かってきた気がする。例えば、丁度自分の留学中にリーマンショックが世界的に波及し、世界が同時に不況に陥った。金融が産業を支援する立場でなく、主役に躍り出てしまったことにより、世界が脆弱な金融ネットワークによって連鎖していることが浮き彫りになった。スペインは失業率が約20%まで上昇。同時に日本でも企業が軒並み業績修正を余儀なくされた。こうした世界の連鎖を肌で感じることが出来た。文化的な面でも例がある。欧州は欧州という一括りにするなど到底不可能な程に多様な文化で構成されていることである。例えばスペインとイギリスの場合、天気も、食事・就寝時間も、考え方も全く違う。イタリアとスペインも似ているようで発展度合いが違う。また、欧州とアメリカは全く違う。こうしたことを知らずにこれまで生きてきたことを恥じるようになった。マドリッドにいるスペイン人が蔑称で我々アジア人を”Chino!”と呼ぶことに幾度となく不快な思いをしたが、自分も欧州と米州を一緒にしてしまっている。自身の教養の無さが浮き彫りになってしまったと思う。組織のリーダーは、その組織の顔であるので、こうした文化の違いに対する理解を含めた十分な教養を備えている必要があることを認識した。

上記以外にももちろんたくさん得たものはあったと思うし、人によってはもっと違ったものを得た人もいるであろう。とはいえ、自分はMBA取得という選択が全ての人にとって正しい選択とは限らないということをここで強調しておきたいと思う。日本では、MBAがどうも神格化されていて、それを取得すれば何もかもがスーパー、みたいな印象を持たれてしまっている気がする。そしてメディアもそれを煽っている。MBA生活における苦しい部分をあまり明かさないブログも多いという話も聞く。だが自分の経験を通して思うことは、MBAも数あるMaster Degreeの一つに過ぎないということである(授業料は圧倒的に高いが)。これを取得した瞬間、またはそれを取得するプロセスを考えたとしても、仕事力が急激にアップする、という実感はない。特に日本企業において、留学前に所属していた部署と同じ部署で働くことになるのだとしたら、留学していた分の時間だけ実務経験を積んでいた方が自分にとっても会社にとっても有益である、ということも十分あると思う。MBAホルダーが卒業直後にやろうとしていることと、日本企業が求めていることが全く違うことがあるからである。自分のように社費派遣生の場合、帰国後にどういった仕事が出来るのか、ここをきちんとクリアにしておかないと、とても辛い思いをすることになるだろう。実際、同じ日本企業でも、MBA派遣生をどのように扱うか、大きな差があるようである。

ただ最後に言いたいのは、自分にとっては本当に素晴らしい経験だったということだ。これを経験しなければ見えないものが見えるようになったと強く思う。「世界は何と広いことだろう。」こんな物語みたいな台詞を素で言ってしまうような経験だった。自分は、本当に小さな島の中でしか生きていなかったのだなと思った。自分のB/Sの左側に、無形固定資産でMaster of Business Administrationという項目が出来た。 あとはこの資産を活かす場をきちんと見極め、動くことである。自分次第でValueはいくらでも変わるのだ。

2010年1月5日火曜日

IE Business School

IE Business Schoolについては、公式サイトや、リンク先に張ってある日本人学生作成のサイトに詳細が掲載されている。なので、ここではあくまで自分個人としての考えを述べたいと思う。

最も自分にとって印象深かったのは、学生の質である。学校の特色として、全員が一定のベクトルに向かっているというわけではなく、各々が各々の方向を向いているという点が挙げられる。そういう学校なのでとんでもなく優秀なやつがいたり、何だよお前は、みたいなやつもいる。だが、総じて優秀な学生が集まっていると言える。彼らのこれまでのキャリアからもそれはわかるし、実際に一緒に13ヶ月を過ごしてみても感じられることである。この点は、MBAに求めるファクターとして最も重要な点であると思うし、昨今上昇しているランキングと合致すると思う。

一方、学校の運営面はまだ発展途上な部分がある。お粗末な伝達ミスがあったり、評判の悪い教授が依然として残っていたりする。だが、発展途上というのはまだまだ伸びしろがるという点で肯定的に捉えることも十分可能である。実際、プログラムを絶え間なく改善していこうとする姿勢は一貫しており、毎年学生のフィードバックを基に様々なことを試みているし、学生による評価の悪い教授は期中であっても更迭する。

現状の日本での知名度については、米国のトップスクールと比した場合低いと言わざるを得ない。ただ学校側による絶え間ないプログラムの改善、そして何よりAlumniである我々の活躍次第で知名度については大いに伸ばしていけると信じている。

いずれにしてもこれからも、IE Business Schoolとは様々な形で関わっていくことになる。学校説明会では顔を出すことになるだろうし、日本でのAlumni Networkもこれからどんどん盛んにしていく予定である。この学校との出会いを自分のこれからの人生を豊かにするために大いに有効活用していきたい。

2010年1月4日月曜日

スペイン

前回更新からかなりの時間が経ってしまった。帰国に伴う準備、そして依然インターネットに接続できない環境のため更新がずっと出来なかった。

既に帰国を、出社を始めたが、忘れないうちに書き記しておきたいことがある。

まずは、スペインについて。

スペインに来た当初、スペインが大嫌いであった。英語の標識がない、英語を喋ることができる人が極めて少ない、マクドナルドに並ぶ客は自分が店員の前に立ってから何を注文するか決める、メシがまずい、良い買物スポットがない…枚挙に暇がない。

そして今も、それほど好きではない。ただ見直した部分も実はたくさんあった。サンセバスチャンでは、本物のスペイン料理に触れることが出来た。あそこで食べたフォアグラや海鮮のピンチョスは美味しい。町並みも綺麗だった。グラナダも良かった。最適な季節である夏に行けばひまわりがいっぱいでもっと綺麗だったと思う。忘れてはならないのは、スペイン人はとても優しいことである。他のヨーロッパ諸国に旅行に行くと、スペインのような温かさがないことを非常に寂しく思うことがある。さらに、また食べ物の話になるが、生ハムとワインは絶品である。先日伊勢丹の地下に行き、生ハムの値段をみて絶句した。ハモン・イベリコ、100g 10,500円。スペインの10倍の値段である。もうあの味を気軽に味わうことは出来ない。こんなこともあった。帰国の際、JALを使ったのだが、一人だけCAにスペイン人がいた。彼女はもちろん英語と日本語を使って対応をするわけだが、自分は何故かスペイン語で話しかけたい衝動に駆られたのである。他の乗客に対し、「ふん、俺はお前達よりもスペインのことを知っているのだぞ!」という不思議且つ排他的な気持ちが湧き起こった。まともにスペイン語を勉強しなかったくせに、無性に優越感を感じ、そしてそれを表現したくなったのである。スペインからは学んだこともあった。人間はもっとシンプルに生きてもいいのではないか、ということだった。日本に帰ってきて、本当に国全体が無理やり発展しようとしているのだな、という風に感じた。テレビを見ると、そんなものもう要らないじゃん、というものがたくさん映し出されている。実家に帰って、便器の蓋が勝手に開いたのをみて、よりそうした思いを強くした。

これだけ書き連ねると、何だお前スペインのこと大好きなんじゃねえか!?と言われるかもしれない。でも、そんなことはない。

次にスペインに行くのはいつになるかわからないし、もう行かないかもしれない。ただ一つ確かなのは、既にスペインを懐かしく思い、テレビの旅行番組でスペインが出るとやけに張り切ってしまう自分がいるということである。

2009年12月22日火曜日

卒業式

12月19日金曜日、ついに卒業式を迎えた。レアルマドリッドの本拠地であるサンティアゴベルナベウスタジアムの横に、大きな講堂があり、卒業式はそこで行われた。集合時間の10時をちょっと過ぎた頃に行くと、すでにたくさんの学生、そしてその親族等が集まっていた。実際、自分の国から家族が来る学生は多く、彼らは他の学生からInvitationを譲ってもらわなければならない。自分も一人で出席することになっていたので、バルバドル人の友人にInvitationをあげることになった。

レセプションで、”International MBA”と書かれたタスキのような(?)ものをもらい、これをスーツの上からかける。ガウンと角帽がないのが残念だったが、ここはビジネススクールなので、それもいいか、と思った。

会場内ではコース、クラスごとに着席をすることになった。しばらくするとDeanから挨拶があった。滅多に見ることのないDeanは、ユニークを交えながらスピーチをしていた。13か月前、セゴビアのIE University で入学式があった時は、このDeanの英語が何をいっているのかほとんどわからなかったのだが、今はもう違う。英語力も少しは上達したということだろう。

やがて、お待ちかねの学位授与の時間がやってきた。入学式の時は、特段の感動もなかったと以前ブログに書いたのだが、この時はやっぱり嬉しかった。学生の名前が次々と呼ばれ、順番にDeanより卒業証書が授与される。みんなも嬉しそうである。そりゃそうだ、この日の為に頑張ってきたのだから。ついに自分のクラスであるN4の順番になった。クラスのみんなが呼ばれていく。何故だかこうして自分のクラスメートが授与されていく姿をみて、誇らしい気持ちになった。そして自分の名前が呼ばれた。Deanと握手をし、証書を受け取る。この瞬間、大学の時から夢みていたMBAになったのだ。授与された瞬間自分の能力が急に上がるわけではない。ドラゴンボールの「超聖水」と同じで、それを手にする過程において、成長してきたのだ。

ところで、この卒業式はLive中継で世界中にネット配信されていた。先に帰国した嫁、そして両親と妹も実家でこの様子を見ていたらしい。他の学生の親族もみんなこれを見たことだろう。自分は欲張って、それに加えてビデオカメラを携えて卒業式に臨んだのだが。

式にはその他にAwardを授与する時間が設けられていた。要するに、誰が一番成績良かったか、どの教授が一番良かったか、を発表するのである。自分のクラスは学級委員のブルガリア人が受賞していた。彼女は聡明且つ性格も良く、この受賞には誰も異論がないだろう。教授は、自分のクラスがコアタームの時に受講したStrategy Managementの教授が受賞していた。隣に座っていたイギリス/フランス人の女学生が「彼は私にとっては最低の教授だわ」とつぶやいていた。こっちの方はいろいろと意見が分かれるようである。

式の後は、カクテルパーティーがあった。ここでみんな家族を含め談笑をしたり、写真を撮ったりした。みんなでおめでとうと言い合っていた。自分は引越しの準備が完了しておらず、且つ一番の仲のいいフランス人が最後のパーティーに来ず、その代わりに夜ディナーをする予定になっていたので、もしかしたらこれが最後になるかもしれないという気持ちでみんなと話をしていった。中には「じゃあまた夜のパーティーでね」と言って別れた者もいるが、それが最後の別れになってしまった。だが、「これが最後だね」と言って別れるのはとても嫌なので、こうしたさもまた明日も会うような別れ方の方が良かったのである。

その夜、フランス人の家で、近くの日本食レストランでTake outをしたものを食べた。彼の家族は翌日から彼の奥さんの故郷であるエクアドルに行くことになっていたので、準備が忙しく手間をかけることが出来なかったのだ。だがこの普通な感じが快適だった。この奥さんは本当に優しく、そこの坊やは自分の子供に対する価値観を変える程に可愛い坊やである。最後の最後で、みんなと同じパーティーに出席せず、一番仲の良い友達のスケジュールに合わせて過ごす。ネットワーキングを徹底重視するMBA的には失格な過ごし方かもしれないが、自分らしい過ごし方をしたと思う。

こうしてMBA生活が静かに幕を閉じた。

2009年12月17日木曜日

引越し完了

帰国準備を進めているが、いよいよ引越しも完了した。マドリー滞在もあと3日である。ヨーロッパ生活ももう終わりなのだ。

ところで、何故か先週末から咳が出て、これまで一向に止まる気配がない。パブロン飲み続けているが…市販の薬は効果が弱くて困る。引越し準備で飛び散った埃のせいなのだろうか…。苦しい。

帰国直後に吉野屋に行くという、ささやかな楽しみが近づいている。

2009年12月11日金曜日

The funniest presenter

クラス最後のディナーで、クラスメートへのAwardの授賞式が行われた。クラスメートの投票で決まるAwardもあれば、実行委員がクラスメート一人一人のために考えたAwardもあり、最終的にクラスメート全員が何かしらのAwardを受けるという楽しい企画である。クラスメートから見たその人の特徴を表彰する場であるともいえるだろう。

自分は、"The funniest presenter"のAwardをもらった。これは嬉しかった。ただ、トイレに行っている間に自分が表彰されていたらしく、タイミングを逃してしまい、トイレから出てきた自分をみんなが待ち構えていてくれた。おお…ここでもfunnyに受賞しなくては…。

クラスメートに比べて英語が下手くそな自分は、何とか自分なりのプレゼンスを発揮する必要があった。自分に出来ること、そして万国共通で通じることは何か。そう考えた時に思いついたのが、みんなを笑わせてやる、ということだった。どういうわけか、人を笑わせることは自然体で出来る。だからプレゼンの合間に、こういう面白いところを入れたらメリハリが生まれ、より聴衆の注意を惹きつけることが出来るのではないか、という考えを肯定的に捉えながら臨んでいた。

入社後、同じ課の先輩に自分が思いもよらないような企画を飲み会でやろうと言われたことがあった。最初は躊躇した。こんなことをやったら怒られるに違いないと思っていた。でもその先輩の助けを借りながら、いざやってみると大好評だった。そしてそのプラスの流れがずっと続いていき、偉い人まで我々の企画を楽しみにしてくれるようになった。その先輩は退社されてしまったが、あの時強引に背中を押してもらえなかったら、MBA留学で世界中のみんなを笑いに包むことが出来る自分は育まれなかっただろうと思う。感謝しても感謝しきれない思いで一杯である。

さて、その後行ったバル(クラブ?)で、マイケル・ジャクソンの曲がかかった。みんなマイケル・ジャクソンを真似ようと、ムーンウォークをしたりしていた。自分は小さい頃からマイケル・ジャクソンの真似をしていたので、それをやっていた。そしたらまたみんなに囲まれてしまい、歓声が飛んだ。引くに引けなくなってしまった。この後、カウンターでビールを飲んでいたら、クラスで" The party girl"の称号を得たエクアドル人女学生に「今日のあなたはマイケル・ジャンクソンそのものだわ」と言われた。

2009年12月10日木曜日

卒業試験終了

本日卒業試験が終了し、MBAコースの全ての過程が終了した。あとは18日の卒業式を残すのみである。この卒業試験では、1.与えられたケースを分析し、レポート提出そしてプレゼンテーションを行う 2.Venture-Labのビジネスプランをプレゼンテーションする のどちらか一方を選択することになる。自分は長い時間を費やしてきた2. の方式で卒業試験を受けた。既にビジネスプランを提出しているにも関わらず、入念にプレゼンテーションの準備を行った。本番前日の昨日も、8時間かけてリハーサルを含めたプレゼンの最終調整を行った。

当日、卒業試験は普段は入ることのできない、Executive MBAの校舎で行われた。我々の審査官は4名だった。どの人も見たことのない人達で、この審査の為に外部から呼ばれたのかもしれないし、知らない教授なのかもしれない。自分は担当していたファイナンスのパートをプレゼンした。今回は10分間というタイムリミットがかなり厳格に適用されるということだったので、時間には最大限に気を遣った。その10分間の後、5分間の質問タイムがある。どうやら審査官はエンジニア出身の人達のようで、我々のビジネスモデルの中身について大いに興味があったようだ。他の部屋で行われた試験では、ファイナンスに関する質問がかなりあったと聞いていたので警戒をしていたのだが。チームメートのフランス人とスイス人は滞りなく質問に回答していた。当然質問されるようなことは以前から十分に考えつくしていたのだ。結果として、練習通りに満足のいく形でプレゼンを終えることが出来た。チームメート達はビジネスモデルに関する質問が多かったことを受けて、審査官が我々のビジネスモデルをよく理解していたと、大いに喜んでいた。

プレゼン終了後は、3人でSerrano通りにあるBarで昼間っからシャンパンで乾杯をした。フランス人とスイス人(ドイツ語圏出身だが、大学はフランス語圏)故、お祝いの仕方もフランスっぽいなあと感じた。

この3人でもって、グループワークも全て終了。これでもか、という程たくさんあったグループワークが終わったという実感がまだ全くない。

さて、今夜はクラスのディナーがある。今度こそ最後まで生き残れるように、飲酒量を調整しなければ…。だが彼らのテンションに対抗するには一定の酒の量が必要という問題もある…ううむ、何をし、何をしないか…まさに戦略が求められる。

2009年12月8日火曜日

European Business School Ranking 2009

一応在校生のIEプロモーション担当ということで、主要雑誌のランキング更新が合った場合は、掲載することにする。

Financial Timesで本日発表されたEuropean Business School Ranking 2009でIEは5位にランクインした。このランキングはMBAに限らず、各スクールが有するそれ以外のコースも総合的に加味して付けられたものである。

TOP10は以下の通り。

1. HEC Paris France
2. London Business School
3. Insead
4. IMD
5. IE Business School
6. Iese Business School
7. Rotterdam School of Management, Erasmus University
8. EM Lyon Business School
8. Esade Business School
10. Vlerick Leuven Gent Management School

2009年12月6日日曜日

パートナーを含めた最後のディナー

自分自身の最後のディナーというわけではないのだが、一足早く日本に帰る嫁と共に参加するディナーは、これが最後となった。第1タームの時に同じグループだったメキシコ人がマドリッドで一番と言われるメキシコ料理屋に誘ってくれたのだった。

そこには自分達にとってはお馴染みの夫婦が揃っていた。フランス人夫婦、ブラジル人夫婦。それに加え仲のいいバルバドス人、誘ってくれたスペイン人、クラスメートのエクアドル人とドミニカ共和国人。このフランス人とブラジル人の嫁さん達は、本当にいい人であり、とても気配りが出来る人達である。この嫁さん達もバリバリのキャリアウーマンで、フランス人の奥さんはSchlumbergerで地質学のエンジニアとして働いていおり、ブラジル人の奥さんはL'OREALで働いている。いずれにそう簡単に入ることの出来ない企業である。でも傲慢なところが一切なく、話していてとても感じが良い。日本人は気配りをする国民だなんていうことを頻繁に言う人間がいるが、出来ない人もたくさんいるし、外国人でも気配りが出来る人はいる。外国人にしても、普通は他人に対し気配りはするもんだ、そんなの当たり前だ、という風に考えているのだと思う。言葉が違えども、そういう気持ちの部分というのは人間だからなのか、とても伝わりやすいのだ。

さてメキシコ料理自体は、正直驚くほど美味しいということはなかった。よく見ると、なんだかみんな疲れていて、結構静かな食事だった。顔が疲れているのだ。夜の11時から始まる夕食なんて、そりゃ普通は疲れるだろうと思う。座って食べるときは静かなのかな…。しかし、こうしてみんなを見ていると、帰りたくないなあ…とつくづく思ってしまう。何も全員と深く話をしてきたわけではないのだが、総体として帰りたくないなあという気持ちを促すのである。

食事後、この特に疲れてた顔をしていたエクアドル人とドミニカ共和国人の女学生、そしてメキシコ人の女学生とバルバトス人の4人は、お決まりのBar of the weekに向かっていった。疲れているんなら寝ればいいじゃん!と思うのだが、ここはやはりラテンカルチャーの中枢スペイン・マドリー、意地でもみんな飲みに、そして踊りに行くらしい。さっきテキーラを一気飲みまでしていたのに…。もう留学生活も終わりだが、ついぞ彼女らのこの夜の勢いに勝つことは出来なかった…。

この日、MBAでの全ての授業が終わった。後は卒業試験のみである。マドリッドの冷たい風が運ぶ匂いが、ここに来た頃の記憶を蘇らせる。

2009年12月1日火曜日

最終月

いよいよ12月になった。留学生活も今月で終わり、帰国をすることになる。

このところ、日本での仕事生活の夢をまた見始めるようになった。お馴染みのオフィスに、お馴染みの人間が席を連ね、お馴染みの問題が起こり、お馴染みの処理を重ねていく…。この留学生活で成長した部分はたくさんあると信じているが、日本に戻ると留学前とまた同じ生活が待っている。

戻るとすぐに、この留学生活がけし飛んでしまって、毎日に追われ時間だけが過ぎていく、そんな最悪のシナリオだけは何としても避けなければならない。

国によって文化は違うことは事実であり、それを許容する文化としない文化があることは仕方がない。だが自分がやりたいことを主張することは、良いことなのではないかと思う。それを叶えるためには、それ相応の実力が必要だけれども。

仕事とMBA受験の両立は確かに大変だったが、これは自分を奮いたたせる重要な要素だった。自分には目標が必要だ。その意識を持ち、卒業後も戦っていかなければなるまい。

2009年11月30日月曜日

パリ、グラナダ

先週1週間は、両親が欧州にやってきたので、パリ、グラナダと旅行をした。

今回はツアーコンダクターとしての役割を担っていたのだが、特筆すべきは、フランス料理のレストランのことであろう。欧州に訪れる機会など滅多にない両親が来るということで、本場フランスのフランス料理を体験してもらおうと、星付きレストランを予約したのだ。

Le Sinqという二つ星レストランだった。ParisのFour Seasons Hotelの中にある。サービスの質で有名であり、且つZagat SurveyのFoodの評価は30点満点中28点と申し分ない。

これだけの評価であれば人生で最高の味に出会えるに違いないだろうと確信を持っていた。

…がしかし…正直なところ味に強い感動はなかった。雰囲気はとてもよかったのだが…。味、店内の雰囲気、サービス全てを含めた総合評価というのも一つの見方なのだろうが…やはり料理は味が最も重要なファクターであると思ってしまうのは自分だけだろうか。

両親がこの旅行で最も感動した料理は、このフランス料理ではなく、その後グラナダで食すことになる、インド料理屋のチキンカレーであった…。そして嫁も自分も、それに激しく同意したのだった…。

2009年11月19日木曜日

欲がない人達

Venture-Labもいよいよ佳境に入ってきて、今週末が提出。リスク管理という仕事をしてきた自分にとっては、チームメートが作るビジネスプランが、熱い思いや、ビジネスの詳細を書くことに腐心していて、全く守りのことを考えていないように見えることが結構ある。これを正そうとはするものの、みんななかなかそっちに気が向かない。二人ともエンジニアだったので、ファイナンスサイドの視点に立っている自分の考えが煙たいのかもしれないなあとも思う。でも彼らが考えないことをでバリューを付加していくことが自分の役目だと思っているので、しつこく言うつもりである。

ところで、この二人は優秀なのだが、あんまり欲がない気がする。フランス人は、ファイナンスの成績がトップクラスなので、教授からは金融の本場であるロンドンの投資銀行に行くべきよ、と言われてるらしい。が、当の本人は、奥さんの雇用契約が3年間あるため、マドリーに残らなければならないという理由、そして、家族とゆっくり過ごしたいという理由から、マドリーに残る方向性で仕事を探している。自分のキャリアよりも、奥さんのキャリアに理解を示し、それについて行っている。元々、奥さんがマドリーで働くから、という理由でコースが始まるギリギリにIEにアプライした経緯があるらしい。スイス人は、Venture-Labのビジネスプランに自らのCVを掲載していたが、そこにはGMAT760と書いてあった。GMATだけでいえば、入れない学校などない点数である。1回目で取ったらしい。以前アメリカで1年間勉強した際、アメリカ制のテストで出題されるトリックの傾向を見抜いたらしく、それがアドバンテージだったと説明している。普通はそれをアドバンテージに出来ないと思うのだが…。彼もアプライしたのはIEのみ。アメリカは2年制で長い、欧州の某トップ校は、大都市から離れているから、という理由でアプライしなかったとか。おまけに依然としてMBAにありがちな、コンサルや投資銀行志向が全くみられない。

この二人に共通しているのは、気配りが出来ることである。恵まれた頭の回転の速さと、周りを気遣うことの出来る性格、こんないい材料を持っているのに、欲がないなんて。自分にとって何が大切かをきちんと認識して生きているのだなあ、と思う。日本にいて感じたのは、何というかみんな焦燥感に駆られて生きてやしないか、ということだった。才能に恵まれた人はこういう生き方をしなければダメ、みたいな雰囲気がありやしなかったかと思う。そんなこと関係なしに、「知らないよ、俺はこういう風に生きたいんだ。」ということを平然と貫いて生きているチームメート達。こういう姿勢が人生を本当の意味でリッチにするのではないかと思った。

2009年11月18日水曜日

Electiveのドロップ

このエレクティブタームでは元々登録科目数が多かったこと、学習内容がやたらと多いAdvanced Corporate Financeをじっくり勉強したいこと、Venture-Labの締め切りが今週末に迫っていること、以上からSwim With The Pressという授業をドロップしようと考えていた。取りあえず1,2回目の授業に出てみたのだが、予想と違い、授業外でもグループワークがあるようだった。全部で5回しかない科目であるとナメていたが、今週に限っては結構時間を使いそうな科目にみえたので、とても続ける気になれなかった。

学校側に掛け合ってみたが、既にこの授業は満席となっているので、ドロップは出来ないと言われてしまった。通常は、第3回目までの授業までに学校側に伝えればドロップ出来るのだが(成績表にはドロップと付されるらしいが。意地悪だよなー。)、満席となっている授業ではそれが出来ない。こうなると登録しているのに出席をしない奴、という扱いになるので、最低の成績を付けられてしまう。それでも授業だけ出てグループワークに何の付加価値も与えないフリーライダーにはなりたくないので、やっぱりこのまま出席しないことに決めた。

このエレクティブの制度は、就職活動をしている学生にとってもかなり苦しいようで、海外で就職活動の面接がある場合などでもドロップは出来ないらしい。エレクティブでは特に毎日連続して授業が行われることが多いので、ちょっとマドリーを離れるだけでも出席に大きな痛手となってしまう。

(もしこのブログをご覧頂いているClass of 2010の方々がいらっしゃいましたら、このあたり良く考えてエレクティブを登録されることをおススメします。)

ということで、犠牲を払って作った大切な時間、ファイナンスをじっくり勉強しようと思う(Hopefully)。

2009年11月16日月曜日

クラスの飲み会

残り1カ月しか残されていない学生達が、寂しさをひしひしと感じ始めたのか、パーティーを続々と企画し始めている。この週末の金曜日も、クラスメート宅で大規模なパーティーが行われた。こうしたクラス飲みは久しぶりだと思う。

夜10時くらいまでフランス人の友達と学校でVenture-Labの作業をした後、二人で最近出来た日本食レストランに行った。値段もそこまで高くなく、日本を思い出すような味を出してくれるレストランであった。コース終了直前にこうしたレストランが出来るなんて…もう少し早く出来ていれば良かったのに。ここでフランス人は美味しそうにお好み焼きを食べていた。自分は串揚げ、焼き肉、寿司を注文した。

その後クラスメートのフラットに行った。2時間遅れの12時頃に行ったのだが、みんな既に盛り上がっていた。思ったより集合が早い。お馴染みの顔ぶれである。韓国人のクラスメートがスピーカーをPCに繋いでいて曲を流し、クラブの臨場感を演出しようとしていた。この日は自分も既に酒が入っていたので、彼らに追いつく必要はなく、初めっから良い気分だった。終わりも近づいているので、寂しい感じもした。みんなアルコール度数何度かわからないやたらと強い酒をワンショットで飲もうぜと言ってきたり、モップでリンボーダンスを始めたりして、無秩序状態になっていた。みんなが自分にもリンボーダンスをやれ、とリクエストしてきたので、おっしゃやってやろうか、とグラスをテーブルに置こうとしたら、手が滑って、クラスで人気ナンバーワンのイギリス/フランス人女性の服にビシャッと酒をかけてしまった。まずいと思い、合掌して座りこんで謝った。日本であれば、ここでさらに一気飲みをさせられたところだろう。その他にも、見たことのない青い液体の酒を飲ませられたりした。異常に強くて、口の中が火傷しそうに熱い。さすがにキッチンで吐き出した。

が、突然パーティーに終わりがやってきた。警察が来たのだ。スペインでは夜の12時以降、警察を呼んでやかましいイベントを無理やり止めることが出来ることが法律上定められている。逆に言うと、12時前はどんなに騒がれていても、自分で止めるしかない。警察が来る前にも近隣住民が幾度となくやってきて文句を言っていた。当たり前である。普通にアパートの中でこんなパーティーをやる方がおかしいのだ。

しかし、勢いづいたラテンカルチャーを止めることは出来ない。勿論その後みんなクラブに行くわけである。酔いにまかせて自分もみんなについて行った。どういうわけかこの日は入場料が無料だった。みんな踊り始めた。こうなると会話なんてなくなってしまい、ただただみんな汗を流すだけの段階になる。自分はここで一気に酔いと疲れがどっと来た。ソファーに座りこんでしまった。学生が「ヘイ、行こうぜ!」みたいなことを言っているが、英語で返答するのももはや苦しくてたまらない。喋ることすら難しいのだ…。朦朧とする意識の中で、踊り狂う学生達がぼやけて見えた。この1年間で乗り越えられなかったことを一つ挙げるとすれば、彼らに対抗できるだけのアルコール耐性を得られなかったということだと思う。

結局、韓国人の友達に連れられ、外で嘔吐。タクシーで帰宅。タクシー下車後にまた嘔吐。家に着いてシャワーを浴び寝るも、翌日の土曜日も嘔吐。一連の嘔吐は夕方まで止まらなかった。土曜日は何も出来なかった。

こんな日々ももう終わってしまうんだと思うと、体の苦しさよりも寂しさの方がはるかに辛い。

2009年11月13日金曜日

混迷の時代

MBAホルダーの友人が転職会社から、Class of 2009のMBA新卒者が現在直面しているジョブマーケットは、過去30年間で最も厳しいものである、と言われたそうである。

社費派遣で来ている自分はこの実感があまりないのだが、周りの学生を見ているとかなり大変そうである。こうした経済環境の厳しさと、昨今のMBAブームによるMBAの飽和状態も合わせて考えてみると、MBAの投資効果がますます見えにくくなっているなあと思う。


2009年11月11日水曜日

図示

この留学生活で嫌というほどたくさんのプレゼンテーションを見てきた。その中で面白いなと思ったことが、「人の数だけ、図示の仕方がある」ということだ。

基本的に、図示をする理由は、文章で表現するよりも伝わりやすいからだと思う。ところが、「なるほどこの図は分かりやすい」と感じることがとても少ない。

ビジネススクールの学生は本当にかっこいいプレゼンテーションシートを作る。おお、コンサルっぽいとか投資銀行っぽい(完全な主観)とか、ミーハーな自分にはこの第一印象が結構大きい。だがよく見ると、何のために図示しているのかとか、そもそも何を言いたいのかが全くわからないケースが多いのである。例えば色がたくさんあって、一体どこを強調したいのか。あるいは図の中に、やたらと細かい字がたくさん入っていたりして、図の意味が完全に失われていたりすることもある。英語ネイティブならもしかしたら理解出来るのかもしれないが、そうでない学生には、あの短時間であれだけの情報量を処理するのはかなり難しいのではないかと思う。

先日Venture Labのミーティングをしていた時のことである。ビジネスモデルを図示する必要があり、それを自分が担当することになっていた。ビジネスのフローを示すため、時間軸が必要であると考えたのだが、メンバーにこれは必要ない、と言われた。自分としては、当たり前のことをしたつもりだったのだが、他人には当たり前のことではないのだ。きっと自分のこうした考えと同じように周りの学生も自分の図示に絶対の自信をもって臨んでいるのだろう。

マッキンゼーが図解の技術の本を出版していた。万人が納得できるような普遍的な図示を達成することの難しさを知った今、こういった本が売れる理由がよくわかった。

2009年11月8日日曜日

フットボール観戦② レアルマドリッド VS アトレティコマドリッド

先日のチャンピオンズリーグが素晴らしかったので、またフットボールに行った。今度はレアル・マドリッド対アトレティコ・マドリッドのマドリッドダービーと言われるマッチである。

今回は学校の友達を含め4名で観戦をすることなっていた。試合前に近くの駅で食事をすることになっていたのだが、思ったよりそこで時間を使ってしまった。また、この日のスタジアムはEstadio Vicente Calderonというアトレティコのホームスタジアムだったのだが、歩くと結構距離があり、ここでも到着時刻見積もりを誤ってしまった。結局、走りながらスタジアムが見えたー!という時にはスタジアムからものすごい歓声が挙がっていて、これがカカによるレアル・マドリッドの先制点だということを後から知った。試合開始後5分で点が決まっていたのである。

みんなぜいぜい言いながら、スタジアムの中に入った。と同時に目を疑った…うわー真っ赤…みんなアトレティコファンであった。基本的にメインスタンドから見て、左側がホーム、右側がアウェイのチームの応援席であると認識にしていたのだが、どうやら様子が全く違う。しかもアトレティコのサポーターはやたらと血気盛んでかなり怖い。席はどこだ?と探しているだけで、「座れお前ら!!」みたいなヤジがたくさん飛んできた。さらに状況が悪いことに、我々が予約している席に座っている人間がいて、一向にどこうとしない。整備員みたいなやつに何とかしろと言っても、ビビって何も言おうとしない。本当に役立たずである。仕舞いには、友達の中の一人にとても勇敢な者がいて、警察を呼んできて事態に対処することになった。彼はスペイン語にも非常に堪能で、当事者と激しく議論をしていた。次第にあたりは騒然となった。この我々の席を占拠しているやつらは、警察の呼びかけにも一切応じようとしない。一方で、観客は「見えねえんだよ!中国人!」みたいな罵声を我々に浴びせてきた。完全に四面楚歌の状態である。今自分の上着の懐にあるレアル・マドリッドのマフラーがぽろっと落ちてしまったら、確実に殺されるだろう。最終的に警察がこの占拠していたやつらを無理やり追い出したものの、こいつら、一旦席を去った後また戻ってきて、何があったのか知らないが周辺のスペイン人の観客と一触即発の状態になっていて、まさに乱闘直前状態であった。警察が必死でこのクレイジーな客を取り押さえていた。

この勇敢な友人のおかけで我々は何とか席に座ることが出来た。彼がいなければ座ることは絶対に出来なかったと思う。「我々は確かにチケットを買ったのだから、座る権利があるのは当然である。」という趣旨の彼の堂々とした発言には、感銘を受けた。だが、アトレティコサポーターの激しさは止まない。周りは皆、汚い言葉でレアル・マドリッドを罵っている。ここでは絶対にレアルを応援することは出来ない。もうアトレティコの選手が倒されたりなんかすると最悪で、審判やレアル選手に激しいブーイング、声が枯れる程にでかい声を出している。サッカーには付きものの、あの「ブーッ」なるラッパみたいなやつを力いっぱい吹き鳴らす。とにかく観客の品が悪すぎる。ところで、このアトレティコのホームスタジアムは大きいのだが、サンティアゴ・ベルナベウに比べるととても庶民的で、神宮球場みたいな感じがした。金持ち階層が支持をしていたというレアル・マドリッド、一般大衆階層が支持をしていたアトレティコ・マドリッドという風に言われているが、それがよくわかる状況だった。何というか、そう、日本のテレビで頻繁に目の当たりにする、ものすごく危険なサッカースタジアム、それにまさに現実的に接触をしている感じだった。

結局前半が終了すると、レアル・マドリッドの応援席に移動することにした。が、驚いたのだが、本当に片隅ににしかレアル・マドリッドの応援席がない。同じ街なのに…。それに、レアルとアトレティコの応援席の境界線には、ずらっと警察官が並んでいた。1列ごとに警察官が立っている。最初そこを通してもらえなかったのだが、状況を伝えて通してもらうことが出来た。わずかなスペースであるにも関わらず、レアルの応援席は空席が結構あった。アトレティコファンが暴動を起こしたらこの人数の警官ではとても防ぎきれないだろうと思う。おそらくだが、レアルマドリッドのファンは100~200人くらいしかいなかったのではないだろうか。対してアトレティコのサポーターはほぼ会場全てを埋め尽くしていたので、50,000人はいたのではないかと思う。この比率なので、ブーイングが起きると、これまで聞いたことがないような大音声が響き渡る。

警察が通路に立っているのがわかるだろうか。
ここより手前がレアル・マドリッドの応援席。

あとはぜーんぶアトレティコ・マドリッドを応援する観客。

さて、試合だが、後半アトレティコは前半とはまるで違うチームかのように良い動きをし始め、34分に1点入れた。ただこの時点で3対1だったので、問題ないだろうと思っていたが、2分後の36分、またアトレティコが得点をした。これでいよいよ分からなくなってきた。この2点目が入った時は、恐ろしいくらいの地響きが起こった。スタジアム全体がアトレティコを勢いづけている。ホーム、アウェイというものの差は、これまでは理屈ではわかっていたが、この日は身を持って知った。アウェイというのは本当にやり難いんだろうと思う。その後もアトレティコの猛攻が続いた。これが本当に今期不調のチームなんだろうか?ダービーというものは、何か違う力が作用するということなのだろうか?とにかくスタジアムに来ると、目を離せる隙など全くなく、あっという間に時間が過ぎていく。こうしてレアルが攻め込まれている中、カカが交替となった。カカは退場する際、本当にちっちゃなスペースに追いやられているレアルの応援をみて、手を振った。こんな敵中の中でも、選手はきちんと自分のチームの応援席を意識しているんだなあと思うとちょっと感動した。それと同時に、こんな敵地の中でも俺達がついているぞ、という選手に対する気持ちが湧いてきた。

結局レアルがそのまま守り切り、勝利を掴んだ。試合が終わった後、レアルのサポーターは、アトレティコのファンに向かい、さらに罵声を浴びせていた。汚い言葉で罵り続けていた。善戦をした互いを称え合うということは一切ない。死体にさらに銃弾を撃ち込むようなことをしなくてもいいのに…レアルサポーターも性質が悪い。

いずれにしても、ダービーならではの殺伐とした雰囲気、そして展開のある試合内容、今回も十二分にフットボールを楽しむことが出来た。

このマッチについては、同期の日本人学生のブログでも詳細に描かれているので、是非ご覧になっていただきたい。

2009年11月6日金曜日

プレゼン週間

今週は3日連続でプレゼンをするという状況であった。

まず1日目、Venture Labのプレゼンテーション。投資家に自分達を如何に売り込むか、この訓練のため、ファンドのマネージャーである教授の前でピッチを行った。概ね良いという出来であり、特に自分の担当していたファイナンスの部分は、無駄がなく必要なものだけがきちんとプレゼンされておりパーフェクトである、という評価をもらうことが出来た。たくさんの情報を詰め込もうという姿勢が学生間に蔓延している中で、「伝えること」というプレゼン本来の趣旨を貫いてきたことがここに来て初めて評価された気がして素直に嬉しかった。

2日目、Advanced Corporate Financeの授業で、リアルオプションに関するプレゼン。関連トピックの事例を挙げる必要があった。NPV法との算定結果の違いを例示したかったのだが、具体的に数字が盛り込まれた事例というのは極めて少なく、かなり苦労した。このプレゼンは、エクソンモービルに勤務していたアメリカ人と、卒業後マッキンゼーで働くブラジル人との3人で準備し、プレゼンを行った。彼らはこうしたキラキラの社名に恥じることのないパフォーマンスを、同僚に対するフィードバック、そして仕事の効率面という点において、いかんなく発揮していた。彼らのおかげでとても快適に準備が出来たし、自信を持ってプレゼンに臨むことが出来た。ただ一つ、プレゼン修了後、何の質問もなかったことが気になる…。わからなかったのか、興味がないのか、あるいは我々のプレゼンが完璧だったのか(普通はそういうことはないよな…)

3日目。図書館で作業をしていたら、突然フィリピン人の学生がやってきた。「今忙しいか?」とその独特の喋り方で訊いてきた。新入生にIEでの生活についてプレゼンをする必要があるのだが、人手が足りないのでやってくれという。次の授業まで時間があることだし、まあいいかと引き受けてしまったのだが、プレゼンまではあと45分くらいしか残っておらず、事前にスライドを確認したのは開始20分前だった。この他に、クラスメートのポルトガル人とイタリアとアメリカの両国籍人の2名、計4名でやることになった。即興で何とかすればいいだろう、とみんな言っていたが、即興で英語でプレゼンをしたことはこれまでにない。しかし、アジア人の新入生の中には、典型的な静かな学生も多いかもしれず、彼らにまあこうやって自分は何とかみんなと一緒に助けられながらサバイブしています、というところを見せて勢いづけてあげたい、という気持ちもあったのも事実だった。だが後から、プレゼン相手はスペイン語コースのMBAであることが判明し、意気消沈してしまった…。えー、ラテン系の学生は基本みんな明るいから、敢えて自分がここで勢いづける理由があんまりないなあ…。でももう今更後には引けないなあ。そして、いざプレゼンが始まった。スライドを見た瞬間、頭が真っ白になった。えーとっ、何を言えばいいんだろう…?このMBAコースでのTIPSについて喋るんだったんだった…そして真っ白な頭の中出てきた最初の言葉は、「Enjoy!!」もうつべこべスライドに書いてあることについて喋るのは止めた!自分の伝えたいメッセージは、楽しめ!、ということなのさ!次にIE Communityについて話をした。Communityの概念図がスライドに書いてあった。「この図、なんだかMBAっぽいだろ?」あたりはシーンとしている。だめだ、笑いがないと辛い。自分にドライブをかける要素が何もない。素晴らしい仲間が君達を助けてくれるから、安心して臨んでくれ、というどこにでもあるような趣旨を伝えて次のスライドに。すると、全くみたことのないスライドが飛び出した。思わず「え?何これ?」とこぼしたところで、フィリピン人が「ごめんここは俺が喋るよ」と言って交替となった。自分のプレゼンが終わった後は、何回か口を挟んでコメントをしたりした。

いずれいきなり振られてもきちんとしたプレゼンが英語でも出来るようになりたい。最近やっと英語でプレゼンをすることにも抵抗が無くなってきたので、ほんの少しこの目標に近づけたかもしれない。

2009年10月30日金曜日

授業のスライド

ビジネススクールでは、授業でパワーポイントスライドが使用されるのが一般的だと思う。このスライドが黒板代わりであり、授業後好きなようにダウンロードが出来る。今更だが、ITの進歩によって、このあたりはとても効率的になっていると思う。

だが、結局パワーポイントは人間が作るものであり、その中身は作る人に依る、というところは変わらない。

見る人のことを考えないスライドが作られることが、なんとまあいまだに多いことか。なぜ最初に全体のマッピングに関する説明がないのだろう。どんな時にこれが使われるか、このトピックはどのトピックと同じ階層にあるものだとか、なぜそういったことに気が遣われていないのだろう。MBA学生くらいの大人になったなら、何でもかんでも要求をするな、ということでは済まされないと思う。教える側が学生に本気で分からせる気があるのなら、せめて知識やフレームワークを教える段階では、そのあたりをきちんと整理したものを用意すべきでだと思う。教える側は教えることのプロフェッショナルなのだから、学生が理解を深めるためなら、最大限の配慮をすべきである。

自分が理解していればみんなも同じやり方で理解するだろう、という考え方がどうも多いような気がする…。この部分はずっと気にしていかなければならない点だろう。

2009年10月28日水曜日

Financeの授業で思うこと

現在Advanced Corporate Financeの授業を受講しているが、授業に出ていて良いと思う点は、当たり前のことだけど、疑問点が出るとそれが共有されるということである。

Financeには様々な数式が出てくる。自分は(みんなもそうだと思うが)なぜその式になるのか、というところが気になって仕方がない。何でこの部分で「+」ではなくて「-」なのか、とか、何でこの比率を使わなければならないか、等々…。細かいのだが、このあたりの成り立ちをきちんと把握することは、数式の意味するところを理解するということなので、何のために、そしてどういった場合にこの数式が有効なのかを把握するため、そして自分のものとして身につけて、実際に使うことが出来るようになるため、大いに役立つと感じている。面倒くさいのだが、最終的に応用出来る程の力を付けたければ、この時間のかかる作業から逃げることは出来ない。

一つのことを深く考え始めると、色々な側面が見えてきて面白い。ただ、今期になって初めてそういった余裕が出てきたわけであって、第4タームまではなかなかそんな時間はなかった。きっちり復習する時間があったら、身に着けていた事はもっと多かったかなあ…あ、でも時間があったらあったでやっぱりダラダラ過ごしてしまうかもなあ…。