2008年12月23日火曜日

第一タームの半分終了

IEは、第一タームの半分ちょっと手前でクリスマス休暇に入る。
第一タームのテストが終了したわけでもなし、一抹の不安を
抱えたまま休みに入ることになった。

この第一タームの半分を経て思うこととして、
どうもIEの学生は課外活動に精を出しすぎている気がする。
クリスマス休暇前の最終日、前日に今年最後のBOTWが
あったためらしいが、結構多くの学生が授業を欠席していた。
イギリスのMBAの友人の話を聞くと、彼らはウィークデイは
ひたすら学業に専念するそうである。というか専念しなければ
課題をこなすことができないらしい。

自分もウィークデイでもイベントに参加しているので、
他の学生をことを偉そうに言えた立場ではない。
確かに学校側もNet Workingを重要視すべきであると謳っており
それはそれで大変重要なことであることは思う。
だが、まずは、きちんと授業に出るとかそうした基本動作をしっかり
した上での課外活動であると思う。
やるべきことをきちんとした上で、課外活動にも積極的である、
というのがカッコいいと思うのだ。

話は変わるが、日曜日はグループメートのフランス人が自宅に
招待をしてくれたので、嫁さんと一緒にお邪魔させていただいた。
彼の自宅は、とても清潔感があり、センスが良かった。
生後17ヶ月の坊やがいるが、家庭くささを感じさせない家だった。
彼と彼の奥さんは、フランス家庭料理である、ラクレットを食べさせて
くれたのだが、こちらもチーズがとても美味しくて大満足であった。

ところでその日は、もう一組、ブラジル人のグループメートと
その嫁さんも招かれていた。
ブラジル人夫婦は、この8月に結婚をしたばかりの新婚であり、
人前はばからずブッチュブチュやっている。
こうすることはラテン系文化では普通なのだという。
このブラジル人は、学校では相当しゃべる元気のいいやつなのだが、
心なしかこの日は静かだった。きっと奥さんの前では静かにしているの
だと思う。面白いことだ。

さて、このクリスマス休暇は欧州を回る予定。
イタリア→オランダ→ベルギー→フランス。
思いっきり満喫をしたいと思う一方、何も勉強をしないわけにはいかない。
ケースと分厚い教科書が詰め込まれたリュックが痛々しい…。

2008年12月19日金曜日

Bullshit

ケースメソッドが主要な教育法であるビジネススクールでは、
クラスパーティシペーションが成績に重要な影響を及ぼす。
IEでも大概の授業において、クラスパーティシペーションが
成績評価項目の30~40%を占めるのである。

よってどの学生も積極的に発言をしようとする。

だが、問題がある。
全ての学生の発言が、意味のあるものではないということだ。

教授の方も、あまり授業の進め方が上手でない人もいて、
その場合、あまり意味のない発言も受け入れている。

「これわかる人ー?みんなわかるかなー?」
「ハイハイ!先生、僕わかるよー!!」

こういった幼稚園みたいな状況もままあるのである。

この間の授業では、サーカスのビデオをみた。
このサーカスは「QUIDAM」というやつで、日本でも盛んにCMが
流れていたから自分も覚えている。

質問は、「従来のサーカスにあって、QUIDAMにはないものは?」
というものだった。みんな手を挙げた。「ハイハイ!!」
「はい、じゃあ君!」
「動物」
「はい、よくできたましたねー!」

…もちろん、質の高い発言もあり、そこから有意義な議論に
発展することもたくさんあるので、これが全てではないのだが。

文化圏によって、「発言をする」ということに対し考え方の違いがある。
ラテン系の学生の中には、手を挙げて、教授に指されてから
発言内容を考える傾向にある者もいる。
さすがに教授も、「おい、今の発言は何の関係があるんだ?」
「それでお前の言いたいことは結局何なんだ?」と疑問を投げかけ、
全く成績に加点されていないような状況も見受けられる。
ほぼ全ての授業では、「発言の質を評価する」と最初にアナウンス
するのだが。

とはいえ、学位取得のためには、自分も積極的に
発言をしなければならない。
英語の問題がある以上、短い言葉でポイントを突いた、大変理想的な
発言姿勢を採っていかねばならないのである。きびしー!!

2008年12月16日火曜日

身体を壊す

休日はスペイン風ナイトライフを過ごし、平日は4時近くまで課題をこなす
毎日を送っていたら、さすがに体にガタが来た。
夜中の2時過ぎに、韓国人の友達からもらった「辛ラーメン」を食べたのが
発端だったと思う。

次の日には、腹を下し、授業中にトイレに行く始末。
それと合わせて寒気を感じるようになる。
ただその日もクラスの飲み会があるので、これは出席しなければまずいでしょ
とばかりに出席。やたらと飲みたがっていたインド人に合わせてジャックダニエル
をがぶがぶ飲み過ぎた。
酔いのほてりの上に、風邪の熱が上乗せされているのがよくわかる。

幸い次の日は土曜日だったので、家にいることが出来た。
が、ベッドから離れることが出来ない。
とにかく汗をかいて熱を出そうと試みるのだが、いくら汗を出しても治らない。
ついに日曜日の夜になり、ああ楽になってきたと思ったが、
まだ37.5℃の熱がある。
たぶんずっと39℃くらいの熱が続いていたのだと思う。

明日は絶対に学校に行くぞ!と固い決意で布団に入ったが、
今度は全く眠ることが出来ない。そしてなぜか体は熱いまま。
結局最悪の形で月曜日の朝を迎えることになってしまった。

授業に全く集中できそうもないことと、咳が止まらず周りの学生に嫌な顔を
されそうなので、もう思い切って休むことにした!
当日に休むと言うとどうなるかと心配をしたが、診断書があれば大丈夫らしい。

まともに授業が始まって1か月程度しか経っていないのに、
もう体を壊してしまった。
無理は利くと思っていたのだが、もうそこまで無理は利かないというのか…。
おいおい、まだ20代だぞ…。

2008年12月10日水曜日

インディアンナイトそしてスペイン風ナイトライフ

この週末は3連休だった。先週消化しきれなかったリーディングアサインメントと
次週の宿題に2日間を使ってしまった。残りの1日はインディアンナイトに行くことに
なっていた。

インディアンナイトといっても、インド料理屋に行ってインド料理を食べるだけだが。
クラスメートのインド人がインドクラブのプレジデントということで行ってみたのだ。

ところが料理はなかなか出てこない。
もう他の学生は腹減ったー!とみんないらいらしている。
中には1時間も待っている学生もいた。ハングリーハングリー言っている。
やっと出てきたと思ったら人数分の量がなかったりのでみんな余計に
苛立っていた。

このインディアンナイト自体は11時くらいに終わったのだが、これで夜が終わる
わけがない。韓国人、グルジア人、イタリア人、インド人、スペイン人と共に
飲み屋が集まっているLa Latinaへ雨の中歩く。

最初は、マドリッドで人気のバルへ。ここは果物を砕いたものに砂糖と
酒を入れて 混ぜた酒が特徴の店で、ものすごく混んでいた。酒自体は
なかなかおいしい。

2件目、ここは結構広々としたバル。ここではビールを飲んだが、まあ味は普通。

3件目、すぐ近くのバル。ここでもビールを飲む。時間は2時を回ったころ
だったろうか、 客のテンションは高く、みんなで合唱をし始めている。
IMBAのアイルランドの学生達 がそこにいたのだが、その内の一人の奥さんが
誕生日だったらしいのでみんなで ハッピーバースデイを合唱。
しまいには奥さんがトイレに行くだけでみんなで合唱。
次第にIEの学生以外の客とも話すようになる。お前もレアルマドリードの
ファンなのか?
お前の魂はサンティアゴベルナベウ(レアルのホームスタジアムの名前)に
あるのか?
と聞くと、彼はレアルファンの会員証を見せてくれた。

何だかよく分からなくなってきたが、とりあえず4件目に行くべく、クラスメートに
ついていく。ここはどこだろう?
4件目はクラブだった。ガンガン曲がかかっている。まだこちらで本格的に
授業が 始まってから1か月くらしか経っていないのに、日本で行った
回数以上に マドリッドでクラブに行っている。
スペインの人達は気さくに話しかけてくれるので、それは嬉しいことだ。
たまたま英語の先生やイギリスで働いていたことのある人達がいたので、
そうした人達を話をしてみる。その内みんな踊り出す。
もうどうでもいいやと思い、MCハマーやマイケルジャクソンのマネをしたり、
阿波踊りをしたり、ええじゃないか踊りをしてみる。とても溶け込んでいる、自分!

結局家に着いたのは朝の5時半。
カラオケでオールをするのとはわけが違い、ひたすら立ちっぱなしで話を
していたので相当疲れる。
当然次の日起きると、一日が半分終わっているのだった。

2008年12月6日土曜日

Ethics and Leadership

第1タームには、Ethics and Leadershipという授業がある。
これはその他の授業とは違って、2セッションで完結する授業。

ここでもケーススタディを行った。
お題は、

あなたは血液販売会社のCEO。
中央アメリカのとある国で壊滅的な地震があり、 その国の大統領から
真夜中に電話があった。大統領は、あなたが最後の 頼みの綱、
どうか死に直面している100,000人の人々を助けて欲しいと言っている。
ただその国の経済は破綻しており、100万ユーロしか血液を買うために
お金を使えない。あなたはその国の大統領に対し、100,000ユニットの血液を
いくらで販売するか、返事をしなければならない。販売価格は以下から選択する。
尚、こうした自体は滅多に起きない。また、いかなる団体もこの会社に対し
補助を出さない。

  販売価格/ユニット  救済出来る人数/10万人   業績への影響
1.  10ユーロ           10万           短期的損失
2.  25ユーロ            4万         プラスマイナスゼロ
3.  50ユーロ            2万           通常の利益
4. 100ユーロ            1万            大きな利益

結果、クラス52人中(何人かは欠席したようだ)、42人が1.を、7名が2.を、
1名が3.を、2名が4.を選んだ。自分は1.を選んだ。

興味深いのは、3.を選んだのは、医者。4.を選んだのはNGO勤務経験者、
そして普段は至って物静かなIT企業勤務経験者であった。

3.を選んだ医者は、自分は患者が生きるか死ぬかの状況で、常に何らかの
判断を強いられる環境に身を置いており、こうしたことはよくあることだ、
それよりも株主の利益に忠実であるべきだ、と訴えていた。
彼は確かキャンプに駐留していた医者で、以前、患者がどれだけ長生きするかは
治療費次第、治療費に見合った治療をする、治療費が払えなくて死んでいく
人もいる、 と言っていた。

4.を選んだ学生も、南米の小さなNGOに勤務していた。
小さな組織である以上、 草の根的な仕事をしてきたのだと思う。
彼女もまた、何らかの形で 人を救うことが仕事だった。彼女も医者と同様に、
株主に対し忠実であるべきという考えをしていた。

人の命や生活を第一線で守ろうとしている彼らが、こうした問題に対し、
株主に忠実たれ、と訴えていたことは少なくとも自分にとっては衝撃だった。

彼らが日々強いられた決断というものは、その他の学生がオフィスビルで
強いられる 決断に比べよりシビアなのかもしれない。
彼らは目をそむけたくなるような現実を 常に直視することを強いられて
きたのかもしれないのだ。
ただひたむきに、自らのプロフェッショナルとしての使命を全うし続けることで、
自らを維持し、現実と共存できたのかもしれない。

逆に、自分も含め大半の学生は、1.を選んだ。
この守られた学校のキャンパスの中では、理想的な1.を選ぶことも簡単だ。
だが、いざ自分がこうしたCEOの立場に本当に立たされた時、
本当に1.のような選択肢を選ぶことができるか?
株主、金融機関、取引先…様々なステークホルダーとの関係が壊れる
かもしれない、そうしたら会社の従業員はどうなるのか…
こうした数えきれない程の要素を考慮した時、本当に1.を選ぶことができるか?
このケースでは1.を選んだとしても会社は短期的な損失を被るだけだ。
だが、これよりもっと厳しい状況にさらされることが実際のCEOにはあるかも
しれない。

どうもこの日ばかりは、1.を選んだ大半の学生達が、
分厚い城壁の中の現実を知らない優等生に思えてならなかった。
もちろん自分を含めて。

2008年12月4日木曜日

手を抜くことも出来る

会社の先輩で、MBAを既に卒業された方に言われたことがある。
「MBAの勉強は大変だけど、いくらでも手を抜くことが出来る。
全てはどれほど自分を高めたいかということにかかっている。」

全くその通りだと思う。

IE Business Schoolでは、授業の全ての時間をCaseに充てる
わけではないようだ。少なくとも今のところは。
だからCaseを読んでいなくても、何かしらの発言をすることが可能だ。
(もちろんCold Callがあった時は、対応できないだろうけど。)
Case以外でもたくさんのReading assignmentがある。
が、これもたまに授業で内容を問われたりするが、任意で読むものも多い。

こうした状況の中で、自分自身はどういう行動を採るのか、ということ。
タフな状況でも、いかに自分を厳しく戒め、勉強する姿勢を維持できるか。

こちらに来てから、やはり感情の起伏が激しく、
「ああ俺はもうダメだ…」という時もあれば、
「ああ、勉強したくてたまらない!」という時もある。
後者の場合は、分厚い英語のテキストに果敢に挑むことができるし、
挑みたくもなる。

自分がしたい勉強を好きなだけできる環境ほど、素敵なものはない。
こういう風に思うことで、自分を維持できたりしているこの頃である。

2008年12月1日月曜日

休日の過ごし方

MBAコースは、基本的に土日は休みである。
ただ次の週に備え、どちらかは完全に勉強で終わってしまいそうだ。

この週末は、金曜日は韓国人のクラスメートが韓国料理屋に連れて行って
くれると言うので参加。インド人、スイス人、アイルランド人、ブラジル人が
箸を持ってプルコギを食べようとしていた。ブラジルでは日本料理が人気なので、
ブラジル人は箸の持ち方が上手い。というか正しい持ち方をしている。
自分は久々にユッケジャンを食べることが出来たので、とても嬉しかった。

その後は、class of 2008の日本人学生最後の集いの2次会に参加、
MBAでのサバイブの仕方をじっくりと教わる。
帰りは朝4時くらいになり、土曜日は昼過ぎまで寝ていた。

夜はLAUNCHで同じグループメンバーであった、オーストリア人の
ホームパーティに参加。そこまで多くの人数が来たわけではないので、
BOTW等に比べてゆっくり同級生と話が出来た気がする。
帰宅は3時過ぎ。こちらに来てから帰りが毎日遅いな…。

ただせっかくの留学生活、一日も無駄に出来ないので色々なことに
トライしなければ…!!

2008年11月30日日曜日

第1タームの1週目終了

第1ターム一週目が終わった。MBAの厳しさを痛感した1週間だった。

毎日就寝時間は3時~4時だった。
今までだらだらとインターネットをやったりして夜更かししていたが、
勉強でここまで夜更かしをしなければならない状況は久々だ。
MBA受験の時も、仕事があるのでそこまで無理はできなかった。
大学時代のテスト直前期のような状況だ。大学時代は普段は遊んでいたので、
テスト直前期は仕方がないと覚悟を決め、短期決戦に臨んだ。

だが、MBAではこうした毎日が延々と続くのかと思うと、先が思いやられる。
同じIEの先輩は、宿題は優先順位を決めて取り組むことが大事だと
教えてくれた。ケースはしっかり読んで、残りの宿題は状況次第だと。
やはりせっかくMBAに来たのだし、また英語力を上げたいということで、
最初の週は全ての課題をこなそうと試みた。だが、終わらない。

どこのMBAブログでもみんなタイムマネージメントの重要性を唱えているが、
今はそれを実感できる。
理屈では分かっていたことだが、強いられて初めてその重要性を実感し、
実行に移すのだ。弱いな、人間は。

授業では、相変わらず英語がわからないことが結構ある。
Entrepreneurial Managementの授業では、ビデオでドキュメントを観て、
それについてディスカッションをした。内容がわからないので、何も発言できない。
これはアメリカの話で、ゴールドマンサックスを辞めた人が事業を起こし、
一時はクリントン大統領と会談をもったりするなど、華々しい時間を
過ごすことに なるが、結局経済の不況の波にのまれてしまうまでの話だ。
生のアメリカ英語で話が進むのだが、早いし、スラング混じり、全く分からない。
アメリカのビジネススクールでは、毎日こんな状況でディスカッションが行われて
いるのかと思うと、さぞや授業についていくのが大変だろうと思う。
不幸なことに、この教授は、発言をしないと本当にクラスパーティシペーションで
0点を付ける らしいので、何でもいいから発言をしなければならない。

一方、Marketing Fundamentalsの授業では、手を挙げているのだが、
指されない。日本人が手を挙げるなんて珍しいだろうから、
すぐに指してくれるのだろうかと思ったが、なかなか指してくれない。
でも何度もしゃべっている他の学生は指している。
自分はソニーの話(本で読んで得た知識)をしようと思ったのだが…。
やがて授業の終りが近づくと、教授はSONY創業者盛田氏の言葉を
パワーポイントで 紹介し始めた。
その言葉の内容が、自分が言おうとしていたことと全く同じ事だった!
SONYは、消費者のニーズを満たす、という姿勢ではなく、こんなものが
あったらいいなと自分達が思ったものを創っていくという思想がある、
という内容だ。 ウォークマンとかアイボとか…。
まさかとは思うが、自分が日本人だからソニーについての発言をすると思い、
教授は自分を避けたのだろうか?
そのパワポが出た時、他の学生が、
「ウォークマンがそうした思想から産み出されたのよね」と言っていた。
あーくそ!俺が言おうとしていたことなのに!

悔しかったなあ。思ったことがすぐに出てこない英語では、一回の挙手が
とても大切である。そうならないように、日頃から発言をする癖をつけて、
それを習慣にするしかないのだろう。

自分が望みに望んでいた舞台、そしていざその舞台に立ってみると、
何でこんなにたくさん宿題があるんだよー…と不満を漏らす自分。
留学へ向けてがむしゃらに取り組んでいた頃の初心を取り戻すため、
受験時代に朝よく耳にした朝ドラ「ちりとてちん」のオープニングテーマを
今日も聴くのだった。

2008年11月26日水曜日

第1ターム始まる

ついに第1タームが始まった。
つまり、やっとMBAっぽい授業が始まったわけだ。

第一タームの科目は以下。

Organizational Behavior
Information Systems
Financial Accounting
Quantitative Analysis for Business
Marketing Fundamentals
Entrepreneurial Management
Managerial Economics: Markets and Concepts

毎日9:00~13:50まで、3コマ授業があり、その後14:00~15;00までの
最低1時間はグループワークをしなければならないことになっている。

授業はやはりレクチャー形式ではなく、学生参加型が主流である。
なので、クラスでの発言が授業での評価項目の中で大きな割合を占める。

初日、思い切っていきなり最初のレクチャーであるFinancial Accountingの
授業で質問をしてみた。前職のリスク管理の観点から、重要であると思われる
ことを質問した。(周りの学生がどう受け止めたかはわからないが。)
Fiancial Accountingの授業は、学生は比較的静かである。
まだ基本知識を詰め込む段階だからだと思う。

その次のInformation Systemsの授業では、教授にいきなり指された。
自分は最後列の一番端っこという、高校であればベストポジションに
座っていた。教室に着いたらそこしか空いていなかったのだ。
(ターム終了までは、この席に固定されるらしい!)
だがビジネススクールは、どこに行っても教授の目が行き届く。
だから逃げられない。
大した質問ではないのだが、これは焦った。何とか回答したのだが、
自分が意図していることとは別のことと捉えられてしまった。

我ながらとても消極的な姿勢だが、初日は黙っていようと決めていたので、
初日は意外な結果だった。

2日目は、ビジネススクールでは定番の教授法であるケーススタディが、
Entrepreneurial Managementの授業で行われた。
これはもうそこら中の学生が手を挙げて、俺が俺がという勢いで発言をする。
教授もとても活発で教室中を駆け回る。
こういう場でこそバッチリ目立てるようにならないといけないんだよなあ、と思い、
手を挙げて発言をしようとしたのだが、他の学生に先に言われてしまった!
用意していた発言内容を先に言われてしまうと、次に何を発言するか、
日本語のような自由が利かないので、かなり困る…。

毎日の予習もハードになってきた。深夜までひたすら英語を読み続けなければ
ならない。 1日50ページの英語を読まなければならないこともある。
ハーバードビジネススクールのケースを読んでいる時は、
ああMBAに来たんだなあ、 という感動に一瞬だけ浸ったのだが、
あくまで一瞬だった。 何なんだよ、これ…という感情が既に大部分を占めている。

この予習を元に、グループワークをし、予習内容をより深いものにして、
授業に臨むわけだが、ここでも活発な議論が展開されて、7人という少人数で
あるにも 関わらず、自分が議論に入る隙があまりない。
ここだ、くらえ!と思った時も、英語が出てこなくて、悔しい思いをすることもある。
それでも、周りのみんなは肯いて、なるほど、いいポイントだ、
と言ってくれることもあるし、 難しそうな顔をして、言っていることが
よくわからないよ、 という表情をされることもある。 ただ、何とか自分の意見を、
そして自分の存在を、 このグループに組み込まなければ、
と思いで食らいつかねばならない。

自分のクラスは60人。間違いなく自分の英語力が一番下。
60人中60位の英語力。なに、それならば失うものはない。
底辺からのスタートだ。

2008年11月24日月曜日

演劇

LAUNCH最後のセッションは、演劇だった。

これは、ビジネス上での作法や、プレゼンテーション能力を
養うために行われるものである。

例えばシェークスピアの演劇の台本を、その内容に合わせて
如何に感情豊かに読むか。
円形に並んだ学生が、それぞれ自分の台詞をジェスチャーを
交えながら感情的に読み上げていく。

言葉が入ると全くプレゼンスを発揮できない自分だが、
演劇ならば万国共通…もしかしたらいけるかも!!
ということで、自分の番が周ってきた時は、相当大げさに
感情表現をした。
やった、周りの学生や指導員の舞台女優が爆笑している!
IEで初めて笑いをとった!

別の授業では、指導員の先生が叩く小太鼓(?)の音に合わせて、
学生はリズムよく動く、というタスクが与えられた。
ここでも自分は面白い動きをした。周りの学生とは逆方向に動いたりしてみた。
自分では客観的にわからないが、とにかく周りは大爆笑している。
指導員の先生も相当ウケていた。

「これは歌舞伎の動きを取り入れたものだ」と適当に説明した。

英語になると自分を発揮するのが相当難しい現状ではあるが、
演劇や体の動きであれば、万国共通だ。

何でもいい、今は自分の存在感をアピールすることが重要なのだ。

2008年11月21日金曜日

各国の文化を知る授業

IEには、WASというカテゴリーの授業がある。これは一般教養みたいなもので、各国の文化や、地球温暖化問題等に関する授業が行われるのだ。

経営学の各科目が始まる前に、ここ2週間はLAUNCHプログラムとこのWASで毎日ぎっしり埋まっている。

このWASには、日本の文化を知るための授業、そして中国の文化を知るための授業が組み込まれている。自分のクラスは日本の文化を知る授業が最初に行われた。

「侍」という言葉も出てくれば、「和」も出てくるし、「本音」「建前」の世界であり日本人が実際に何を考えているのかわからないように見えるのはそのためだといった説明、それにオタクやニートの話も出てきた。クラスメートの中からは、「標識に英語があまりなく、海外旅行者にやさしくない。」「リストラをなかなか断行出来ずに決断力がない。」という意見が出ていた。何にしても、世界中の学生が日本に興味を持ってくれていることは何だか嬉しかった。

片や今日、中国の文化についての授業があった。第二次世界大戦後、中国では内戦があった。その後内戦に勝利した中国共産党が 政治を司ったが、文化大革命や天安門事件などがあり、平時であるにも関わらず たくさんの死者が出た、といった解説がなされた。もちろん北京オリンピックの話も出たのだが、メイントピックはこうした歴史についてであった。

それぞれの国について学ぶ、という点では同じであるにも関わらず、随分と中国の時だけ暗い話題が多かった気がする。勿論別々の教授が教えるわけなので、授業内容も違うわけだが、あまりアジアに馴染みのない学生にとっては、学校で学んだことがそのまま印象として残ってしまうのではないかと思う。

2008年11月16日日曜日

韓国の受験戦争

時間割の都合で、土日、月と3連休となった。この3日間ネットワーキングを欠かしてはいけないと思い、土曜日にBar of the weekに参加。今回は嫁さんも一緒。

やはりスパニッシュタイムで、夜12時30分に会場に到着。学校が斡旋する場所なのだが、クラブ(こっちではディスコと呼ぶようだ)である。日本ではあまり行ったことのないクラブなのだが、こちらでは頻繁に足を運ぶことになりそうだ。やはりクラブなので、爆音で音がかかっており、ほとんど声が聞こえない。これではネットワーキングも何も出来ない気がするのだが…。2時くらいになって、満員になり始めた。これくらいにならないと盛り上がらない スパニッシュタイム。結局アップアップになって、4時前に帰ってきた。

そんな過ごし方をしたので、当然起きるのは午後。だるーい感じが抜けないので、ソファに座り新聞をぼーっと眺めている。すると11月14日付のWall Street Journalに韓国の受験事情についての記事を見つけた。

大学受験の日、韓国では国を挙げて受験者をサポートするそうである。

・受験者が受験会場までスムーズに移動できるように、証券取引所や
 多くの企業は始業時間を1時間遅れの朝10時にする、
・受験会場の学校の受験者以外の学生は受験者に配慮し静粛にする。

一番驚いたのは、

・リスニングの時間は、国内便の飛行機は離着陸してはいけない、
 外国から来る飛行機は、上空10,000メートルでの旋回を要求される。

また、中には子供の受験の成功を願い、一晩中子供のためにお祈りを捧げるお寺でのセッションに参加するお母さんもいるらしい。一晩で3000回お辞儀をするらしい…。

IEの韓国人の同期によれば、韓国のMBA受験生は大体がGMATで700以上、数学はほぼ確実に51点をマークしているらしい。彼らの受験にかける思いを考えれば、当然の結果なのかもしれない。

ところで、韓国で最も有名な企業であるサムソンは、カードのマイクロチップを埋め込まれ、従業員の行動は常に監視されているらしい。トイレに何分行っていたかまで把握されるらしいのだ!激しい受験戦争の果てに待っている世界がこれでは、優秀な人材はみんな 海外に流れて行ってしまうでしょうな…。

2008年11月15日土曜日

Business Week The Best International B-Schools of 2008

これまでFinancial TimesやThe Economist等の欧州系の主要雑誌のランキングでは存在感を示していたIE Business Schoolだが、米国での知名度はあまりないという風に言われていた。これまでBusiness WeekのInternational Ranking(Non-US)Rankingではランク外だった。

しかし驚いたことにこの度発表されたBusiness Week The Best International B-Schools of 2008では突然2位にランクインをした。これを受けてAssociate Deanは学生向けに喜びのメールを発信していた。米国で最もメジャーな雑誌でこれだけのランクに位置づけられるのは大変喜ばしい、今後もこれに甘んじることなくプログラムをより良いものにしていくとのこと。どうやらこれまでBusiness WeekはIE Business Schoolにランキング作成のための調査を行っていなかったらしく、今回から調査を開始したところ、いきなり2位にランクインされたとのことである。

しかも、General Management、Analysis、Teaching Quality、Careersの全ての項目でA+と最高評価になっている。

しかし、これまで調査してなかったって一体何なの…。

ランキングには賛否両論あるが、実際問題ビジネススクールにとっては大変重要な問題だと思うのだが。

2008年11月14日金曜日

入学1週目

入学式を終えた直後から、ハードな毎日が始まった。といってもまだアカデミックな科目の授業が始まったわけではない。

Accelerateプログラムの一環として、LAUNCHというプログラムが今年より実施されており、朝の9時から夜の9~10時までぎっしりと授業やセミナーが組み込まれている。

LAUNCHというのは、

Leadership
Awareness
Understanding
Networking
Communications
Humanities

の頭文字を取ったものであり、これらの各語が示す通り、まずはPersonalレベルでソフトスキルを向上させることが目的となっている。これ以降International MBAコースの中で、Organizational、Globalという
レベルでソフトスキルの向上が図られていくことになるのだ。

このLAUNCHでは、世界各地域の文化を勉強したり、これからのキャリアを考えるべくコンサルティング・ファイナンス・マーケティング等分野ごとのキャリアマネジメントセミナーが催されたり、チームでバスケットボールをしたり、なんとチームでシェイクスピアの演劇をしたりするのだ。

実際にバスケットボールをした。

理論的には当たり前だろそんなこと、ということを実際のチームワークの中では実践することができていないことが浮き彫りになった。(同期が見ているので、詳しい内容は書くことができないが)ここまで来てバスケかよ、と思ったのだが、意外に気付かされることがあったのだ。

どうでもいいのだが、MBAの学生はあまり運動神経が良くなさそうである。少なくとも自分のクラスに集まった学生はそのように見えた。自分も相当運動神経が悪いのだが、他の学生も結構動きが鈍い。南米人や欧州人はサッカーのイメージがあるのですごく運動神経がよいものと思っていたのだが、完全な偏見だった。男性でも中学校の女子バスケみたいな両手シュートをしている人が結構いる。女子はまるで手毬をついているようだ。

国際経験豊富、起業・グローバル企業勤務などのバックグランドを持つ世界中から集まったビジネスエリート達。彼らのバスケットボールの戦略は理論的に正解なのかもしれない。

しかし…体がついていかない!

2008年11月11日火曜日

入学式

2008年11月10日。
今日はIE Business School International MBAコースの入学式。

学校からバスに乗りマドリッドを離れ、入学式会場のあるセゴビヤに向かう。IE Business Schoolは何と大学を買収し、その大学は現在IE Universityと名前を変え、セゴビヤにキャンパスを構えているのである。そしてそのセゴビヤキャンパスにある講堂で入学式が行われるのだ。

いよいよ入学式が始まった。DeanやAssociate Deanやらの祝辞が続く。

その後は、Student Officeという課外活動を支援する組織の一番偉い人から祝辞があった。彼女は学生IE Business Schoolで得られる財産の中で、有能な経営者になるための知識の習得もさることながら、特にNetWorkを大事にしなさい、と何度も訴えていた。昨日は何人の人と知り合った、今日は何人の人と知り合った、ということを毎日考えなさいと。こうしたことが将来的に自分達のビジネスの発展に繋がっていくとのことだ。

次は、アドミッションの人からの祝辞。今年の出願者は20%増だそうだ。対してInternational MBA Class of 2009の学生数は400人程度。Englishコースは昨年の280人に比べ、若干増の300人弱なのであまり変わらない。Spanishコースの学生が昨年は180人程度らしいので、こちらの学生数が大幅に削減されたのだろう。

元々国際経験など一切ない。それでいて特に英語が得意なわけでもない。新卒で会社に入社後、遊びたい盛りの時も英語の勉強に休日を費やした。会社の同期からは付き合いの悪いやつだといつも罵られた。仕事に幾度となく潰されそうになった。何度も諦めそうになった。実にMBAに合格するための勉強に、約3年の時間を費やした。

全ては今日この日、この舞台に立つためだったのだと…そう思うと溢れる涙を抑えきれなかった…

という状況を想像していたのだが、実際は特に感慨深いものはなかった。喉元過ぎれば何とかで、こんなもんなのだろう。それに、これからまた、逃げ出したくなるような様々な課題、そして夜通し行われるNetWorkingに精を出さねばならないのだから。

何にしても、MBA留学 In Spainの本編がやっと始まったのだ。

2008年11月10日月曜日

Pre-Program

リーズ大学でPre‐MBAコースを受講した自分だが、
IE Business SchoolでもPre‐Programを受講した。

既にオリエンテーションのことを書いたので話が前後してしまうが、
このPre‐ProgramはFinancial AccountingとQuantitative Methodsの
2科目で構成されており、オリエンテーション前に約1週間続く。
1セッション80分で、全部で20セッションあるから結構濃密である。

Financial Accountingは財務諸表(B/S、P/L、キャッシュフロー計算書)の
基本知識、そして基礎的な仕訳からどのように財務諸表が作られるのかを
レクチャー、ケーススタディを通して学ぶものである。
意外にも、こうした知識がないままMBAに入学をする学生が多く驚いた。
ほとんどの学生がマネジメント経験があるというが、財務諸表を知らないで
どうやってマネジメントをしてきたんだろう。マネジメントにも色々あるのだろう。
教授は、Financial Accountingを学ぶ目的はいくつかあるものの、
最大の目的は、財務諸表に書いてあることに騙されないためである、
と言っていた。
財務諸表に騙されず、損失を最小限に抑えることが、自分の仕事であったから、
これには思わず笑ってしまった。

Quantitative Methodsは、数学の確率・統計であるを学ぶものである。
自分は学部時代経済学部に所属していたが、その時に学んだ統計学と
ほぼ同じ内容だったと思う。正規分布、95%信頼区間、t分布…授業が
進むにつれいろいろ思い出してきた。
(学生時代とえいえば、統計学のテストで、周りは皆関数電卓を使っていたのに、
自分だけ普通の電卓で何桁にも渡る数字を計算していたことを思い出した。)
この授業では例えば、ホテルの宿泊客の中で、ホテルが提供する食事を
アレルギーが理由で食べることが出来ない客が現れる確率はどれくらいか?
みたいなことを過去のデータから予測するためのツールを学ぶのである。
(そういう例題を解いた。)
実際にマーケティングでこうしたツールを使うためには、状況に応じた
必要サンプル数を算出するなどもっと難解なプロセスを踏むらしいが。

自分は職歴の割に定量分析にはめっぽう弱いのだが、それでも定量的な
アプローチでビジネスを分析することは好きである。
ただこれまで様々なMBA留学の体験談を読むと、日本人は定量的な分野で
グループワークや授業に貢献をするのが常のようであり、それが出来ない
自分ははたしてどのような点で貢献できるのかが不安である。

と不安を抱えたまま、いよいよ明日は入学式を迎える。

2008年11月7日金曜日

オリエンテーション二日目

結局昨夜は飲み会が夜中まで続き、家に帰ってきたのは3時30分。
その他の学校のメンバーは、まだ飲み続けていた。

おかげで、次の日に起きることができず、
初めてのグループワークをすることになる授業をいきなりさぼって
しまうことになってしまった!
これは、Case Study workshopといって、IEのメインの教育法である
Case Studyにどのように取り組むかを学ぶためのクラスである。
自分としてはこれは重要だろうと思っていた授業なので、
ものすごい後悔が残ってしまった。
ただ、これから嫌というほどCase Studyをやるわけなので、
その経験を通して、どのように取り組むべきかがわかってくるだろう。

クラスメートにきいたところ、
個人での研究→グループでのディスカッション→クラスでのディスカッション
という3段階を経ることによって、問題をより深く分析し、より説得力
のある解決策を見出していく、ということを狙いとしているとのことだ。

これはおそらくどこのビジネススクールでも当てはまることなのだろうが。

午後は、Action Learningという授業があって、これまたグループで
何らかの作業をして、そこから何がわかって、どんなことを改善すべきか、
ということを学ぶものだった。
今日は2つの課題があった。
一つは、IEの広告を作ること、もう一つは、ストローとセロテープを使って卵を
落としても割れないようにするための装置を作ることであった。

自分のグループは計7名。フランス、イタリア、カナダ、メキシコ、ブラジル、
そしてもう一人は大変失礼なことなのだが、英語で言われてもわからない国の
出身者である。後でそっと調べておかねばならない。
みんな俺が俺がと言わんばかりにマシンガントークが始まる。
中には何を言っているのかわからない発言もあり、割って入るのが大変だ。
結局、グループでの作業はなかなかうまくいかなくて、両方の課題において、
一人で作った方が余程ましであろうという作品が、出来あがった。

これがグループワークの難しさだろう。

この授業で特に教授が強調していたのは、グループワークにおいて重要な
ことの一つは、グループメンバーの言うことにきちんと耳を傾けるという姿勢、
Respectとする姿勢だということだった。なるほど、と思った。
時間のプレッシャーがある中では、このことはとかく忘れがちなことだ。
盲目的になっていた点を、ブスリと刺されたことで目が覚めた思いであった。

ただ自分としては現状、俺が俺がという姿勢を貫くことができない。
というのも、授業でのクラスメートの発言を聴き取ることがとても難しいからだ。
状況がわからない中で、発言をすることは難しい。
ビジネススクールで日本人が陥る典型的な問題に、
やっぱり自分も陥ってしまった。

これを如何に打開するか、ここからが試練の時だ。

2008年11月6日木曜日

オリエンテーション始まる

このブログを3か月前から書いているが、とうとうオリエンテーションが始まった。正式な入学式は11月10日だが、今日から3日間濃密なオリエンテーションが始まったのだ。

早速今回もやらかした。

学校に行くとみんなスーツだった。自分はパーカーにジーンズ。は…謀られた…!!吉良上野介に意地悪をされた、浅野内匠頭の気分である。だが自分には片岡源五右衛門がいるわけではない、一度自宅に帰る必要があった。

後から同期にきくと、スケジュールにスーツ着用と書いてあるという。確かにbusiness attireと書いてある!自分の不注意だ…。吉良上野介のせいではなかった…。

写真を撮った後は、IE Business School International MBAについての説明、そしてマドリッドでの生活についての説明があった。

Associate Dean(たぶんIMBAチームで2番目に偉い人)から、

「IEのIMBAは同じカリキュラムを提供することは二度とない。毎年カリキュラムをimproveしている。ただ今年は大幅にカリキュラムを変更した。主な変更点としては、Interparsonal Skills(コミュニケーション力やチームワーク)を養うためのプログラム、Accelerate Programを組み込んだ点だ」

という説明があった。

通常の授業とは別に、このInterpersonal Skillsを伸ばすためにクラスを設け、クラスごとにNetWorking等の様々なプログラムをこなすのである。実際Interparsonal Skillsに関連しているのかわからないが、
この日はいきなりEthicの授業が2時間もあった。

自分にとってMBAを志望した最大の目的は、MBAを通して、Interpersonal Skillsという普遍的な能力を高めることにあるので、こうしたプログラムを提供するIEの方向性と自分の趣向はマッチしている。

こうした能力は、天性のものであり、後から身に付くものではない、という意見が結構多い気がするのだが、こうした能力を後天的に習得しようとする姿勢が自分としては好きなのだ。むしろこうした能力を努力によって得ることができなければ、リーダーを育てるということ自体そもそも無理なわけであって、ビジネススクールって何なの?ということになりかねないと思う。

ところでオリエンテーション初日はまだ終わりではない。この後、夜10時から12時までWelcome Cocktailというのがある。こんな夜遅くから始まるイベントを、学校が率先してやっているのだ。こうしたところはやっぱりラテン系なのだ…。眠い…。

2008年11月4日火曜日

スペイン国内旅行 ~Balcerona~

バレンシアを後にした我々は、スペイン第二の都市、バルセロナに向かった。大学の時に卒業旅行で行ったことがあるので、実に5年ぶりである。

さすがにバルセロナはバレンシアと違い大きい。街の至る所に英語の表記があり、外国のブランド店も軒を連ねている。パリやロンドンと似た国際都市である。店の店員も、一部タクシーの運転手も英語をしゃべることができる。自分はミーハーなので、マドリッドのようなスペインスペインした都市よりも、バルセロナのようなインターナショナルな都市が好きであった。

観光名所もたくさんある。サグラダファミリア、グエル公園、グラシア通りのガウディの建築物、

ガウディの建築物

バルセロナ最大規模の市場

地中海に面したバルセロネータ、ランブラス通り…。特に自分がいいなと思ったのは、海である。海辺はとても明るく、真っ青な空であった。そしてさんさんとした太陽。地中海にいつでも入ることができるこの街を羨ましく思った。日本で言えば、横浜みたいなものだろう。


地中海に面したバルセロナの海岸

こうした観光客を意識してか、5年前と比べインフラも随分整っている。地下鉄はとても綺麗であった。マドリッド地下鉄と違い、車両の幅が広い。しかも案内はカタルーニャ語、スペイン語、英語の3つで表記されている。


バルセロナの地下鉄

もちろん食も多彩だ。外国料理屋がたくさんあった。外国人でも入りやすいようなカフェや、行列ができるほどのバルもあった。とはいえ、やはりスペイン料理は相変わらず塩っ辛い。この行列ができるバルでは、最初の2、3品目までは美味しく食べられたのだが、それ以降はちょっときつかった…。


行列ができるバル in バルセロナ

結局バルセロナは楽しかったのだが、いまいちどこの国に自分がいるのかがわからくなる街であった。

マドリッドに着くと、なぜか落ち着いてしまった。不思議と自分の中に、マドリッドが宿っているのではないか??と思った。

このスペインスペインした街、マドリッド。

…俺のマドリッド!!

2008年10月29日水曜日

スペイン国内旅行 ~Valencia~

スペイン語コース終了後、Preコース開始まで2週間の休みがあった。その内の1週間をスペイン国内旅行に充てることになった。

最初の目的地は、バレンシアである。スペイン第三の都市であるここは、パエリアの発祥地として、そしてバレンシアオレンジで有名である。

街の中心部はそれほど大きくはなく、これといって特徴はない。ガイドブックに、夜に賑いを見せる通りがあるというので行ってみた。だが、特に賑わっていない。

まあこの際街並みはいい。食べ物が楽しみなのだから!

街の至る所にパエリアの看板を掲げたレストランがある。たくさんのメニューが掲げてあったレストランに入った。もちろん注文は、シーフードパエリアとバレンシアオレンジ。

最初に運ばれてきたのはバレンシアオレンジ。

うん、これはさすがにうまい!パックで売っているオレンジジュースとは明らかな違いがある。そして、おまちかねのパエリアがやってきた。

うげーっ…

しょっぱすぎる。しかし値段がバカ高いので、食べないのはもったいない。ということで、義務的に、そう義務的にパエリアを食べ続けた。しょっぱすぎるが、身の危険を感じるまで食べた。

しょっぱすぎるパエリア

たまらなくなり、Agua con Gas、つまり炭酸入りの水を注文。この時、Agua con Gasが最も無難な飲み物であることがわかった。以後、どこに行っても炭酸入りの水を注文することに。

特にいいことがなかったバレンシアだったが、カテドラルから眺める景色は素敵だった。

バレンシアを一望

次の目的地であるバルセロナに期待を寄せ、バレンシアを後にした。

2008年10月26日日曜日

洗礼2

この1週間スペイン国内旅行に行っていて、
ブログの更新が遅れてしまった。
タイムリーにホテルで更新しようと思っていたのだが、
ホテルのインターネット環境が悪くて思うように更新できなかった。
Black Berryも日本語の入力が依然として不可能のままである。

さて、その旅行に行く前に悲劇が起った。
海外生活で気になることの一つに、ヘアーカットがある。
自分の髪の毛はくせ毛であり、その上硬いため、カットが
とても難しいと日本の美容師に言われていた。
はたしてこちらの美容師にうまく扱えるだろうか…。

ネットで調べて、とりあえずおしゃれそうなところに行ってみた。
嫁と二人で同時にカットをお願いする。

まずシャンプーだ。
指の力が圧倒的に弱く、爽快感がない。
そしていよいよカット。
ジャン・レノの似た美容師はざくざく勢いよくカットを続ける。
自分は頭の形が悪く左右に出っ張っているので、
髪の毛が横に広がってしまう。
しかしジャン・レノは髪が横に広がることは頭の形に起因するものと
判断はせず、広がる髪の毛をひたすら切り続けていた。
おかげで横の髪の毛がほとんどなくなってしまった。

完成した髪形は、ただのスポーツ刈りである。
ポイントはヤンママの子供みたいに、後ろ髪だけちょろっと長い点だろう。

ジャン・レノは俳優をやっていればそれでいいのだ。

2008年10月16日木曜日

Preコースのスペイン語授業について

IEのカリキュラムについて書こうと思う。

Class of 2009のカリキュラムには、9月15日から10月10日までの
4週間、スペイン語の授業が組み込まれている。
これは必須ではないが、やはりスペインに暮らす以上必要であると
いうことで、結構多くの学生が受講している。
この授業は、学生のパートナーも出席が可能ということで、
多くの夫婦が出席しているのである。
中には、学生のパートナーの方が優秀で、パートナーの方が
目立ってしまっていることもあった。

クラスはおそらく3クラス。(全てを把握しているわけではないので)
初級コースが2クラス(午前と午後)、上級クラスが1クラス(午後)。
上級クラスはスペイン語を勉強してきた学生、もしくはヨーロッパの学生向け。
ヨーロッパの学生は、母国語とスペイン語が似ているらしく、こちらの
クラスに割り当てられたようだ。

自分は初級コース(午後)。時間は12:30~14:50。
午前と午後の学生の割り振り方は、国籍に基づいている。
自分のクラスは、日本人、韓国人、中国人、インドネシア人、
インド人で構成されていた。 たまにアメリカ人も出席していた。
皆、とても積極的である。
自分は、全くの初級コースということで、全く勉強せずに授業に臨んだのだが、
ほとんどの学生はあらかじめ何らかの勉強をしている。
日本人の同期も、渡航前に日本でプライベートレッスンを受けるなど
してきていた。

完全に遅れをとった。
だが、家探し、睡眠不足などが原因で、自分は積極的に学習に励まなかった。
(全く言い訳にならないのだが。)

ただ、授業のクオリティはとても高かった。
先生は時折冗談を交えながら、学生たちを飽きさせない。
学生たちの名前、そして国籍をすぐに覚え、それを冗談に利用するのである。
また、サバイバルスパニッシュを習得することを目的としているため、
一切の教科書を使わない。先生が必要最低限の文法を教えてくれる。
何より、学生自身がスペイン語を声に出すことを大事にし、授業中には
盛んに学生を指し、発言をさせる。
毎回指される度にドキドキしたものだが、フレーズが自然と頭に入ってくるのだ。
このように授業中に盛んに発言の機会があると、他の学生の習得状況が
わかるので非常に焦る。日に日に皆上達をしていく。
最終日には皆の前で自己紹介のプレゼンテーションをした。
皆本当に上達をしていた。
何より、英語はすでに問題なく、新しい言語を習得しようという
他の学生の積極性、
そして短時間で上達をしてしまう他の学生の能力の高さに衝撃を受けた。

皆、MBAコースで学ぶこと以外に、様々なことを吸収しようと必死だ。
負けられん。

しかしスペイン語は頑張っておけばよかった…日常で本当に苦労する…。

2008年10月13日月曜日

生活必需品を整え始める

10月10日の夜に嫁がマドリッドに来た。
これを機に、一気に生活必需品の買い物が加速した。

自分一人の時は、適当にやっていた。
ごみ箱はビニール袋、ハンガーがないので服は床、
バスマットは趣味の悪い紫(らしい)…。
しかしこうしたカオス状態はここまでだ。

時差ボケがあるにも関わらず、到着した次の日に、
嫁がIKEAに行きたいという。
ということで、マドリッド郊外にあるIKEAにいくことになった。

最寄りの駅に着くと、日本の国道沿いの風景に似た風景が
そこにはあった。
バカでかいIKEAの隣には、AEONばりのスーパーがあり、
IKEAのもう一方の隣には、カインズホームのようなホームセンターがある。
もちろん、World Standardであるマクドナルドは顕在だ。
ないのは、国道沿いのラーメン屋くらいであろう。

IKEAの店内は、横浜とほとんど同じである。
順路に沿って歩かないと、レジまで辿りつかないようになっている。
IKEAのマーケティング戦略だろう。
そのIKEAのマーケティング戦略にまんまとはまり、進む度に、
「あれ、そういえばこれ必要じゃねえ??」
と思い、買い物かごは埋まっていくのである。

気づけば、買い物総額は保有現金をはるかに超える金額になっていた。
しかし問題ない、カードとパスポートは両方持っているので安心だ。
ちなみに、スペインではセキュリティのため、
パスポートか身分証明書がないとカードは使えない。

しかし、やっぱり典型的な海外で陥る問題に遭遇した。
まずJCBが使えない。あーあ、やっぱりね。ただこれは予想通り。
だが今度はVISAが使えない。あ、これはそういえば契約止めてたのね。
ここに来て気づいた。万事休す!
でも運良く国際キャッシュカードが入っていた。ふはは!
現金を下ろしてくるから、ちょっと待っててね、とレジの姉ちゃんに告げて、
キャッシュディスペンサーのところに行く。
使えない。
あれ?壊れているのかな?
しょうがないので、隣のホームセンターに行き、そこのディスペンサーを使う。
使えない。

万事を尽くしたが、手持ち現金80ユーロ以上の現金を手にすることは
出来なかった。
これで、日本人にフィットする反発の強い枕を買うことが出来なくなった。
しばらく、反発の弱いぺしゃんこの枕で寝なければならない。

せっかくIKEAまで来たのに、何ということか!!
まさかキャッシュディンスペンサーにまで嫌われたというのか…。

しかし!自分は、今やポジティブ留学生であることを決して忘れてはいない。
それでも、このスペインのブルースカイが好きさ!
スペインの素敵なところをイメージするのさ!Love Spain!

その日の天気は、どんよりとした曇り空だった。

2008年10月8日水曜日

お家品評会

今日は、新しく住むことになったフラットがどんなもんかを
確認していただくため、そしてこのところ不健康であった自分の
ために、数日分の食事を作ってくださるということで、
同期とその奥様方にフラットの品評会に来ていただいた。

日当たりは悪いが、広いし良いのではないか、という結論のようである。

皆様には、お前のネガティブ思考がどんどん状況を悪くさせている、
良いところを自分から見つけろ、気持ち次第だ、お前は日本で
一体どれほどいい生活をしていたというのだ、
ハングリー精神が足りない、というご指摘をいただいた。

なるほど、ここスペインでも自分の悪い癖であるネガティブ思考が
顕在化してしまったというのだ。なんということだろう。
確かに自分自身の問題で解決できることもたくさんある。
昔からいろいろな人に指摘を受けていた点だ。

奥様方にはハンバーグなどたくさんの料理を作っていただいた。
カップラーメン、インスタントラーメンばかり食べていた自分としては、
涙が出そうなくらい嬉しいことである。これでしばらくは食生活に楽しみを
持てそうだ。外国暮らしをすると食べることが億劫になって仕方がない。

これからは、スペインでの生活の中で良い点を見つけていこうと思う。
今日見つけたことは、日本を離れた地でも、
自分を支えてくれる人達がいるということだ。

2008年10月7日火曜日

居住地決定

家探しに相当苦労したが、結局今のフラットに住むことになった。
やはり一度契約を結んでしまった以上、出ていくことは不可能らしい。

まあ確かに音は以前に比べてだいぶ静まった。
これで耳栓をすれば音はほぼシャットダウンできるだろう。(と望む)

スペインの90%住人はフラットに住んでいるらしいので、
ほぼ全員が壁を隔てた向こうに別の人間が住んでいることになる。
そのため、苦情の言い方も心得ているらしいのだ。

日本という国においては、全てにおいて品質の高いものが提供
されているのだ、ということを日々感じる。
日本人でなければ、おそらくこうしたことにストレスを感じずに
生きていけるのだろう。

自分も残り15か月の留学生活の中で、
こうした生活習慣に慣れていくのだろうか。
いい意味で鍛えられていくのだろう(ということを期待する)。

何はともあれ、これで生活の基盤を固められる。
自炊もできる。炊飯器も買える。
ちなみに先日日本食マーケットで、電子連レンジ用の白米を3パック買った。
なんと7.98ユーロ!!…最近の下落したユーロでも1,000円以上するのである。
サッポロ一番味噌ラーメン1パックは、確か3.5ユーロ位なので、
これも500円以上する。
はあ…スペインの食事に慣れなくては金がもたない…。

2008年10月4日土曜日

洗礼

ホテル暮らしからやっと解放され、
やっと現地の住居に引っ越すことになった。

しかし、ここで異国暮らしの洗礼を受けることになった。

隣の住人がうるさい。本当にうるさい。
他の日本人の同期に話を聞くと、どこも同じくうるさいらしく、
いびきが聞こえてきたり、逆に夜中の2時に奥さんがドライヤーを
していると、苦情を言われたりするらしいのだ。

こうしたことから、最初はどこもそんなもんだと思うようにした。
だが、やはり自分の場合はちょっと違う気がする。

隣の住人はどうやら独身で、友達を部屋に呼んでいるようだ。
毎晩決まって夜中の2時くらいに帰ってきて、その後話を始めたり、
テレビやパソコンの電源をつける。
スペイン語が分からないので、何を言っているのかわからないが、
日本語であれば確実に内容がわかるくらいの音量だ。

そもそも自分の家の寝室は、隣の家のリビングに隣接しているらしい。
そして、とにかく壁が薄い。

家さがしの段階では、隣の住人が部屋に居なかったのか、
全く音はしなかったので、気にしていなかった。

既に契約書にはサインをしているし、そこには最低1年間は住むこと、
という条文がある。
絶対絶命の状況…それを覆して、別の部屋を探すことはできるのか…。
1か月分の家賃と1か月分の家賃と同額の敷金。合計2か月分の家賃を
捨てることでこの状況を打開出来るだろうか…。

全く眠ることが出来ないという、身体的問題が発生したとしても、
やはり1年間住まなければならないのか。
職業柄、契約内容を徹底順守することを求めてきた以上、
こうした事態に対し契約の内容をゆるめて欲しいということは
全く一貫性がないのだが…。

とにかく眠れないことがこれほど苦しいことだとは思わなかった。
一向に生活基盤が固まっていかないことにイライラを感じるこの頃。

2008年9月28日日曜日

GMATについて

少しMBA受験のことを書こうと思う。

MBA出願のためには、大概の場合GMATが必要となる。自分の場合、こいつに本当に苦しめられ、結局最後まで人に言えないような点数しか取れなかった。GMAT受験後は、いつも受験会場の四谷を死にそうな気分で歩いたものである。GMATは休日は受験できないので、その絶望的な気持ちで職場に出社したものだ。嫌だったなあ。

先日、IEの同期の家でパーティーがあり、その際GMATはMBAに必要かという話題が持ち上がった。

GMATは限られた時間内に、たくさんの問題を解く必要がある。問題文の英語は難解だし、しかもその問題はちょっとひねくれていたりするから大変だ。おまけに数学もある。数学は日本人には簡単だと言われているが、私立文系で、いつも友達に助けてもらいながら、やっとのことで数学の単位をぎりぎりで取得した自分には、決して簡単ではない。だから、GMATができる人は、頭の回転が速く、短時間で問題点を正確に見極められるのだ、という意見は肯首できる。マネジメントに携わる人間は、短時間で多くの判断を下す必要があるわけだから、この能力は大変重要な要素だ。

片や、GMATは必要ないという意見もある。(GMATで高得点を取られている方は、なんだこいつ出来もしないくせに!と怒らないでいただきたい。)GMATの問題を解けることと、リーダーシップを発揮して組織をリードしていける力は全くの別物だというのだ。これも肯ける。実際自分の経験でも、強靭な精神をもって仕事に立ち向かえる人間が最も評価されている気がする。こういう人はパフォーマンスも高いようだ。少なくとも全く学歴は関係ない、ということは確かだと思う。難解な試験問題をクリアして超一流大学に入学した人達が、そうでない人達よりも仕事で高い評価を受けているか、という状況は、少なくとも自分の会社では全く見られなかった。

IE Business Schoolの場合は、後者の立場に立っていて、テスト結果よりも、職歴、エッセイ、インタビューを重視しているらしい。もちろんGMATの点数が高いことは、プラスにはなるとのことだ。(IEの公式ブログにもこのことは掲載されている。)ただ、GMATを受験しない場合でも、IE独自テストやGRE受験を求められる。MBAコースに耐えうるアカデミックな能力を示す手段は、GMATに限らないということだろう。自分はこのIE独自テストを受験した。

頭の回転の速さから来るスピーディー且つ正確な判断力。そしてリーダーシップ。頭の回転の速さがあっても、組織の人間を惹きつける魅力や率いていく強い意志がなければ、リーダーとして成功するのは難しい。片や、スピーディー且つ正確な決断力がリーダーに欠落していては、組織の人間はこの人大丈夫?と懐疑的になる。下の人間は上の人間を常にみている。だから、最終的にそのリーダーについていかなくなってしまうだろう。

アメリカのビジネススクールに出願をする場合は、GMATの高得点なしでトップ校に合格することは極めて難しい。脳みそのスペックを見極める上で、GMATが最良の基準である、という考えがあるのだろう。片や欧州ではGMATの提出を必ずしも求めない学校もある。そうした学校は、これまでのキャリアやアコンプリッシュメントが出願者の脳みそのスペックを十分に示している、と考えているのかもしれない。

とはいえ、MBA受験でGMATに代わる判断基準が近いうちに出てきそうもないわけであって、これからの受験者はやっぱりGMATに苦しめられることになるだろうし、GMATが出来た方が有利だろう。

参考までに2008年9月8日付のFinancial Timesの記事を。

A senior figure within a leading European business school says he has come across plenty of good candidates whose scores "began with a four". Conversely, he says he tends to be cautious of people who score 780-800. "I look very, very closely at them," he says, declaring that their social skills can often be deficient.

Gisma Business School in Hanover, Germany, investigated the relationship between GMAT scores posted by its MBA students and their performance on the course. It claims the correlation was so small "as to be insignificant".

However, it says the GMAT is still useful as a way of figuring out whether a student has the ability to get through key subjects such as accounting.

Caroline Diarte Edwards, admissions director for the Insead MBA programme, believes there is some correlation between GMAT score and academic performance. However, this does not mean that Insead demands a formal minimum score. "A common misconception is that you have to have 700 to go to Insead."

あ、どの予備校がいいとか、そういった情報は一切記載ないな…。

スリを目撃!そしてゲルニカ。

今日は午後2時起床。ホテルの受付からの連絡で目が覚めた。部屋のクリーニングをするか?と。眠過ぎたが、頑張って起きる。今日はソフィア王妃芸術センターに行く予定だったので、ここで寝るわけにはいかない。

ソフィア王妃芸術センターはAtocha駅にあるので、そこに行くまでにSolという駅で乗り換えなければならない。

そのSol駅で降りる寸前のことである。同じ車両に乗っていた外国人2人にサングラスをかけた女性が不自然に近づいていった。特にスペースが狭いわけでもないのに、この接触の仕方はおかしい。よく見ると、もう一人男がこの外国人2人の前方を塞いでいる。あ、グルなんだ。この外国人2人はしっかりとガードをしていたので、何も取られなかったようである。

今日はもう一軒スリを見た。Solから乗り換えの地下鉄に乗る時のことである。電車のドアが開く寸前、なんか挙動不審な女の子がドアの前をうろうろしている。なんか嫌だな、と思ってその女の子が乗車したドアの隣のドアから乗ることにした。その女の子を見ていると、なんと電車のドアが閉まる直前に降りてしまった。もう一人紫色の服を着た女の子も同時に降りた。あ、これもグル!?その直後、その女の子が入ったドアの付近にいた外国人が騒いでいた。スられたらしい。ジーンズの後ろのポケットを差してなんか言っている。予感があたった。なんかスリってちょっと他の人間と雰囲気が違う。

電車を降りると、違和感がある。あれ、ここどこだ?完全に駅を間違えていた。というか乗る電車を間違えていた!こんなこと東京では絶対にないんだけどな…。

ということで、Sol駅にもう一度戻ることに。

するとさっき見たスリ(女の子二人組)が警備員に捕まっている!!意外に簡単に捕まってしまうのね。でもすぐにまたスリをやるんだろう。

アトーチャ駅に着くと、ワールドスタンダード、マクドナルドでランチ。日本と同じハンバーガー、ポテト、コーラの王道メニューを注文。4.25ユーロだから日本よりは高い。

スペイン版マクドナルド

そしてやっと目的地のソフィア王妃芸術センターに到着。

ソフィア王妃芸術センター

ここは、先週行ったプラド美術館と違って、近現代の絵画や彫刻が展示されている。デジタル技術を駆使した芸術を展示している一角があって、日本人の芸術家の作品が展示されていた。スペインでも日本の芸術のセンスが評価されていることを初めて知った。

そして、ついにピカソの大作、ゲルニカを観るときが来た。鳥肌が立ってしまった。芸術のことはよくわからないけど、迫力を感じた。ちょうどスペインの歴史を勉強していたこともあり、内戦の悲劇を写したこの絵には、色々と感じることがあったのかもしれない。内戦中、ゲルニカという町が空爆を受け、その悲劇を描写することをピカソが引受け、パリ万国博覧会に出展されたそうである。ゲルニカがある一角は、戦争中の芸術としてカテゴライズされていて、戦争の悲劇、そして二度と同じことを繰り返さないことを、
芸術を通して訴えているのだ。実際、展示されているピカソの絵には、苦痛に満ちた人々の顔を描いたものが数多くあった。

あー、今日はいろいろなものをみた日であったことだなあ(古文の現代語訳分)。

2008年9月26日金曜日

スペインに来た理由

自分は今スペインに来ているわけだが、
初めからスペインに興味があったわけではない。

スペインに行きたいから今の学校を選んだわけではなく、
行きたい学校がスペインにあったらからスペインに来たのだ。

欧州のビジネススクールを選ぶ際は、もちろんまずは行きたい
学校を選ぶが、その後その学校がある国についても考える必要がある。
スペイン、イギリス、フランス、オランダ、スイス、ドイツ…。

この点はアメリカのビジネススクールとは異なる点だろう。
アメリカの場合も、土地によっては大きく雰囲気が違うのだろうけど。

ということで、特段スペインに強い興味があったわけではないのだが、
そうは言っても毎日とてもスペインを意識している自分がいる。
やっぱり英語の表記が全くないことにものすごく苛立ちを覚えるし、
ホテルや銀行の従業員がまともに英語をしゃべることが出来ないことも
うんざりだし、夜中の3時くらいでも平気で飲んで騒いでいるのもすごくうるさい。
おまけに、BlackberryをUpdateしている途中でPCが止まってしまい、
windowsのセーフモードみたいな状態になってしまって、直し方がわからない。
(スペインのせいではないが、まとめてスペインのせいにしている。)

片や、今自分はスペインの歴史について勉強をしている。
そして、スペインの企業についても調べ始めているし、
スペインサービスの遅さ、いい加減さについても、
もっとこうしたらいいのに、と真剣に考えている。
ナダルが活躍をしていると何故か嬉しい。

あんな子は嫌いよ、というのが実は好きの始まりだった、
みたいな中学高校みたいな恋愛感情に似ているのかもしれない。

2008年9月23日火曜日

すでに日本食が恋しくなる

マドリッドに来てから、大部食生活が乱れている。
普通に食事をしていても、偏ったものばかり食べている気がする。
そこで今日は日本食屋に行くことにした。
マドリッドに来て10日あまりですでにこの状態では先が思いやられるが。
この日本食屋はガイドブックでも評価の高いレストランである。
朝ごはん、昼ごはんを食べていなかったので、たくさん注文してしまった。
とりわさ、冷奴、焼肉定食、抹茶アイスクリーム、ビール。トータル30ユーロ。

空きっぱらにビールでだいぶ効いていたが、ほろ酔い加減で地下鉄で帰る。

マドリッドの地下鉄

今日ついに携帯電話を入手したので、写真をとることができるようになった。

ちなみのこの電話、Blackberryというもので、
逐一PCに来ているメールをチェックできる。
外資系金融機関やコンサルで使用されているものだと知り、
ミーハーな自分は思わず手を出してしまったわけである。

体調回復、携帯購入と操作方法の学習、なかなか本腰が入らない。

ああ…どうしよう、スペイン語。

2008年9月22日月曜日

スペインへ来て1週間

スペインへ来て1週間が経った。長い。とにかく長く感じる。まだ1週間か。Leedsの時も同じように感じていたが、慣れない場所での生活は、最初は本当に長く感じる。

この週末は、いろいろ出歩こうと思っていたのだが、そうはいかなかった。

自分でも気づかなかったのだが、相当疲れが溜まっていたようだ。土曜日は16時間寝てしまった。猫だ。ニャー。不眠症でいつも通り朝の4時くらいに寝て、14時30分くらいに目が覚める。そのあとPCを触っていたが、やっぱり眠気に耐えられない。16時からまたベッドでゴロン、21時30分に目が覚めた。いくらなんでも、日本でもここまで眠ることはなかった。知らず知らずの内に、新生活に緊張していたのだろう。

日曜日も、相変わらず疲れが残っていたが、これだけはと美術館に足を運んだ。「ゲルニカ」を観たかったのでソフィア王立芸術センターに行った。でも日曜日は14時30分で閉館であり、入れなかった。何で休日にそんな早く閉まるの…?

仕方がないので、近くにあるプラド美術館に行ってみた。どっちかっていうと、ガイドブックではプラド美術館の方がマドリッド一の美術館、という採り上げられ方をしている。もともと芸術のことはよくわからないので、美術館では日本語ガイドを使用することにしている。でも日本語音声ガイドはなかった。仕方なく英語ガイドを借りることに…というか英語で聴くべきだが!プラド美術館は、ルーブル美術館や大英博物館等と比べた場合、ヨーロッパ以外の観光客に対しての対応が進んでいない気がする。

スペイン絵画が中心であることから、芸術に強い興味がない日本人にとってはそこまで惹かれるものではないのかもしれない。ルーブル美術館みたいに「モナ・リザ」とか「ミロのヴィーナス」とかが展示されていれば、一度は見てみたい、と思うだろう。

スペインに留学をしている自分としては、日本とスペインの距離というものを感じ、少し寂しい気がした。

さて帰り際にコーヒー屋に立ち寄り、読めないスペイン語の新聞を眺めていると、たくさんのビジネススクールの広告が載っている。スペインでもビジネスを体系的に学ぼうとする動きが活発化しているのだろう。また、マドリッドも日本からの投資を誘致しようと動きを活発化させていることが、マドリッドのウェブサイトに書いてあった。(どこの都市もそうなのだろうか?)

マドリッド、そしてスペインはこれからさらに躍進し、世界を席巻するのだろうか!?

2008年9月19日金曜日

Spanishコース開始 そして生活立ち上げ準備を進める

ここのところずっとブログを更新する余裕がなかった。いかんいかん。

いよいよIEでスペイン語コースが始まった。授業は初心者向けであるということなので、自分は日本でも一切スペイン語の勉強をしていなかった。

甘かった。

一回一回の授業は濃密で、しかもいきなり疑問文で質問をされる。何も知らない自分にとっては、どんなに簡単な質問でもわからない。慌てて日本で買った本を読み返しても、内容が体系的にまとまっていないことにここに来て初めて気づいた。よくわからない。

おかげで授業では毎日大恥をかいている。なんと情けないことか。学校を出ればほとんどの人間が英語をしゃべることか出来ないし、看板にもほとんど英語の記載がない。生き残るためにスペイン語は必須なのである。

おかげで最初はスペイン語の授業に出るのがいやでたまらなかった。それでも最初の回で一番前に座ってしまい、そのあと席を変えるのも何だか逃げるようなので、ずっと一番前の席に座り続けている。

そうしたことに加え、生活の立ち上げ準備が必要だ。これが本当に鬱である。家探し、銀行口座の開設、携帯電話の購入、日本円の両替…。家さがしは日系不動産に助けてもらったり、銀行口座の開設も学校側が途中までの手続きを進めてくれているにも関わらず、それでもしんどく感じる。

家探しだが、ここがいい、という家を見つけることができた。しかし契約を詰めるまでに時間がかかる。こっちの大家は賃貸をする際、かなり厳しい要求をしてくるのが常らしい。銀行保証を求めたり、数か月分の家賃を銀行口座に入れ、引き落としが出来ないようにロックしろ、という要求をしたりするのだ。

…自分が仕事で客先に求めたようなことを、今度は自分が求められているわけだ。

銀行口座の開設にはとにかく時間がかかった。日本であれば、書類にハンコを押して送れば
キャッシュカードなんてすぐに届く。でもほとんどの銀行員が英語をしゃべることができず、唯一英語をしゃべることができる行員の対応を待つ必要がある。それにしても何で一人30分くらいかかるんだ…早くしろ!!っと思ってもこれがこの国の常識なのだろうし、そもそもスペイン語を喋ることが出来ないから意思疎通できないし…気長に待つことが 最良の策であると気づくのであった。

携帯はなぜかウェブ上でうまく支払が出来ずに、大苦戦。結局同期の日本人学生に教えてもらって、買い方を知ることができた。この時点で携帯を持っていないのはもはや自分一人である。

日本円だが、ここ2日間で2件銀行を回ったが、いずれもユーロへの両替は不可。 特定の店舗へ行く必要があるとのこと。

しんどい。

さて、こうした生活立ち上げ準備を進める一方、今日は学校でもイベントがあった。今日は学校にチェコの首相が来たのだ。ミレク・トポラーネクという人だ。EUの未来についての講演であった。スペインの経済発展をチェコとしても見習いたいということでやってきたようである。

たくさんの学生が講堂に集まっていた。こうして講堂を見回してみると、本当にたくさんの学生がいる。しかも彼らの多くは、 全く別の国から来ているのだ。本当に国連の縮小版みたいだな、と感じた。

質疑応答は首相の代わりに通訳が英語をしゃべっていたが、とてつもなく早くて、 聴きとれるところと聴きとれないところがあった。しかし実際に授業の英語がこういった スピードで展開される可能性もあるので、この先が思いやられる。

何人かの学生は、チェコの発展はロシアとの関係が切り離しては考えられないのではないか、ということを質問していた。(気がする)正直自分は欧州MBAに来ていながらも、EUの政治的な状況、各国の関係等については全く無知である。これは恥ずかしいことだな、と痛感。また勉強すべきことが増えた…。

その後学生の何人かで飲みに行くかどうするか、という話になった。実はスペインに来てからずっと不眠症が続いていて、一度も満足に睡眠をとっていないので、体は不調。おまけに鼻血が止まらない。日本では片方の鼻の穴からのみ鼻血が出ていたのだが、こっちに来てからは両方の穴から鼻血が出る、しかも継続的に。

しかし!ソーシャルアクティビティに参加することは最も重要なことの一つ!

ということで、近くのバル(Barのこと)に飲みに行く。今日もいろいろな学生と話をすることができた。ボリビア人、オーストラリア人、韓国人、インド人…でも彼らが本気で会話を始めるとついていけない。英語が早すぎるのだ。どこかで会話に入らなければ、と思っていてもなかなか隙がない。ああ、苦い経験だ…留学生の日記によく書いてある経験だ。インド人、韓国人は同じアジアと言っても、英語力はまるで違う。やっぱりアジアの中では、欧州に遠ければ遠いほど英語でのコミュニケーションが下手なのかもしれない。強引な考えだけど。インド人はコミュニケーションに苦はないようである。お隣韓国の学生も英語が上手である。

くそ!なんと悔しいことだろうか!うまくなりたい、英語!

こちらに来て初めて吐き気がするまで飲み、会話をした。でもこうしたことの積み重ねが、大きな実を結ぶと信じている。

はっ、スペイン語を勉強しなければ…。また明日も恥をかく!!

2008年9月14日日曜日

Madridを初めて散策する

結局13時過ぎに起きた。

スペインの明るい日差しが目を覚ましてくれた、と言いたいところだが、実際はカーテンを閉めていて、
自然に目が覚めたのだが。雲ひとつない青空である。イギリスに5週間滞在していたが、こうした青空は数えるほどしかなった。想像していた通りのスペインである。

さて、予定通りまず最初に学校に行ってみた。信号の待ち時間を合わせてもだいたい5分くらいだろうか。意気揚々と門をくぐって学校に入ってみる。閉まっている!?門をくぐってからキャンパスまでのほんの数メートルしか入れない!ちょっと奥に行ってみると、ドーベルマンらしき犬にやたらと吠えられた。なんということだ、IEで最初に接触したのが犬だとは…。

結局どうしようもなく、諦めてそのまま中心部へ移動することにした。初めて地下鉄に乗った、学校から近いGregorio Maranonという駅だ。標識には一切の英語がない。全てスペイン語。一瞬でスペイン語の必要性を悟った。

地下鉄は、フランスのMETROに似ているようである。でもスペインもフランスもイギリスも大体同じである。10回分の回数券が7ユーロ。たぶん日本の初乗り料金より若干安いくらいだろう。

特別どこか当てがあったわけではないが、とりあえずマドリッド三越があるところを目指した。三越があるということは、きっと有名な場所だろうと。行き着いた場所は、グラン・ビア。ガイドブックによると、今ではやや時代遅れの町並みであるが、依然として賑やかな繁華街らしい。腹が減っていたので、マクドナルドを探した。大好きマック。果たしてマドリードのマクドナルドとはいかなるものなのか。あった、ケンタッキーの横にあった。しかしメニューがスペイン語で何もわからない。とりあえず店員と話してみた。見上げるとメニューが掲げてあるので、そこに書いてあるHappy mealというのを注文した。セットっぽいから。しかし出てきたのは、スターウォーズの箱だった。なんだこれ?構わずそのまま席につく。あ、お子様セットだったのね。だめだ、マクドナルドもまともに買うことが出来ない。

マックでガイドブックをよく見ると、自分のホテル近辺にはたくさんの店があることに気づいた。マドリッド随一の高級ブティック通り、庶民派デパート等など。ということで、結局引き返した。

あるある、マドリッドが本店のLOEWE、結婚式で嫁が着たウェディングドレスのメーカーであるPRONOVIAS。スーパーもたくさんの食べ物がある。イギリスと違うのは、たくさんの魚介類が売っていることである。スーパーでも市場のようにたくさんの魚が並べられている。自分は魚が怖いので、遠目に眺めるだけだったが…。水も5リットルが1ユーロだから、手頃と言えるだろう。

ホテルに戻る途中スターバックスに寄った。アイスコーヒーを注文した。ちょっと薄めだったけど、問題なし。スタバは避難先として確保できることを確認した。

ホテルで一休みした後、夜の10時頃外出をした。今日はIEの学生が飲み会を開くということで、これはいい機会と思い、繰り出してみた。とはいえ、始まりは9時。9時半に起きた自分は当然遅刻をした。場所はLa Latinaという市庁舎に近い区域。場所が不確定であったので、とりあえず駅を降りて夜の街を徘徊する。全く場所が分からない。おそらく1時間近く徘徊したのではなかろうか、やっとのことで場所を見つけた。夜のマドリードということで多少不安があったが、やってみればできるもんだ。

パブではIEの学生がすでに飲んでいた。日本人の学生のほかにも、イタリア人、インド人、スイス人、ハンガリー人、アメリカ人の学生がいた。イギリスではたくさんのアジア人がいたが、今回はほとんどが欧州人だ。インターナショナルである実感が湧いてきた。中には既にスペイン語に堪能な人もいるようだ。またイタリア語はスペイン語に似ているということで、ちょっと修正すればしゃべることができるらしい。あまり長い時間飲むことはできなかったが、彼らと会話できたことは大変有意義だった。

帰りはアメリカ人の学生と共に帰ってきた。彼とはさらに一杯ビールを飲んだ。彼はUCLA(University of California Los Angels)を卒業したらしい。日本人ならUCLAは知っているだろう?と言っていた。確かに日本人はUCLAなら知っている。なぜだろう?彼もなぜだかはわからないらしい。日本人は、外国のほんの断片的な情報でもってそれが全てである、という認識をする傾向にあるのかもしれない、と感じた。このマドリッドで、日本という国を客観的に見つめるたくさんの機会を得るだろう。

さて、午前3時30分。外はまだ騒がしい。このスペイン文化、慣れるまでもう少し時間がかかりそうである。

2008年9月13日土曜日

Madrid到着

日本に一時帰国していたが、ついにマドリッドに向けて発つ日がやってきた。ということで、このブログも再開。

一時帰国の際、窓際に座ったことで、初めて飛行機が辛いと思った。だから、スペインに行く時も疲れるなあ、と少しゆるい気持ちになっていた。実際、時差ボケが日本にいる間に解消せず、まともに睡眠がとれていなかった。

しかし、この日の航空会社はスイスインターナショナル。この会社はどうやらエアバスしか起用していないらしい。このエアバスの機体は幸運なことに、エコノミーでも一列に席が8席しかない。よって一時帰国の時よりは快適だった。

でも、今回は乗り継ぎがある。日本からマドリッドへは直通便がないのである。スペインはGDPで世界10位に入る国であり、それだけ大きな国の首都なのだから、直通便くらいあるものだとばかり思っていたのだが。なので、今回はスイスのチューリッヒで乗り継ぎをした。

そして、東京を発つこと18時間、ついにスペインマドリッドに到着をした。同じ首都といえども、バラハス空港は、ヒースロー空港に比べると大きくなさそうだ。スペインはいくつかの自治州で構成されているということなので、やはり首都といえどもロンドンのような存在感はないのだろうか。

空港では会社のマドリッド支店の社員が迎えに来てくれていた。タクシーでホテルに向かい、荷物を下ろした後に、ホテルの周辺を案内してくれた。マドリッド支店のオフィスはホテルから歩いて3分くらいだった。

そして、ついにやってきた。IE Business School。ここもホテルから3分くらいだろうか。大通りの向かい側から初めて自分の行く学校をみることになった。ウェブや写真でしかみたことがなかったが、そのまんまだった。明日早速乗り込んでみよう。

その後、典型的なスペインのパブのようなところに連れて行ってもらった。ビールと、魚を焼いたパンの上に載せたものをつまんだ。なかなかいける、スペイン料理は噂通り期待ができそうだ。

ホテルに戻った。スーツケースを開けてみたら、シャンプーの中身がこぼれていて、ケース中べたべただった。せっかく持ってきた自分が保有している中で最も新しいネクタイ3本がべとべとになっている。クリーニング屋もわからないので、仕方なく水道で洗う。ネクタイを水道で洗ったら、普通はもう使えないだろう。でももういいや。もしかしたらこの乾燥した気候がいい感じにネクタイを乾かしてくれるかもしれない。

さて、今これを書いているのが午前3時40分くらい。時差ボケのせいか、全く眠たくない。外では酔っぱらった人たちが大はしゃぎで叫んでおり、何かを思いっきり蹴ったりしているような音が聞こえる。ここは静かな地域と聞いたのだが…。違うのであろうか?

これから始まる壮大なストーリー(?)の幕は明けた。

2008年9月9日火曜日

Pre-MBA終了

9月6日を最終日として、LeedsでのPre-MBAが終了。

最終日前日は、台湾人2人がFlatに招いてくれて、
そこで台湾料理、またタイ人のクラスメートがタイ料理をふるまってくれた。
一生懸命料理を作ってくれてる姿をみて、本当にうれしかった。

最終日もまた、台湾人2人(この二人は同じクラスメートだけど婚約者!)が
一緒に住んでいるFlatに招待してくれた。彼らの住居はStudioというタイプで、
だだっ広い空間に部屋の仕切りがないものである。
映画とかでみるニューヨークのアパートメントみたいで感動した。
台湾人は自宅で作った料理を持ち寄って、みんなで集まって食べるということが
常らしい。この日もそうだった。

台湾の料理は日本人好みの味をしていて、特においしかった。

こうして自分のためにみんなが手作りで何かをふるまってくれるということが
あんまりなかったので、涙が出そうなくらい感動した。

こうした友人たちと出会えたことは、Leedsでの生活を本当に充実したものに
してくれた。
最初、Leedsでの生活はあくまで一時的なものであって、そこまで強い期待を
していなかったのだ。でも、実際は予想以上に素晴らしい経験だった。
初めての海外生活であり、最初の頃は若干憂鬱で、自分は海外留学するなんて
器の人間ではないんだ、とさえ思ったりしたほどである。
でも終りが近づくにつれ、日本に帰りたくなくてたまらなかった。

HRMの論文も、面倒くさいReferenceの形式も、好きでやっている勉強であって
やっぱり楽しかった。好きな勉強を出来ることって、なんて嬉しいことだろう。

最終的なこのコース全体のグレードはB+だった。唯一、発音とイントネーションが
Cであったが…。もっともっともっともっと、発言をできればなあ、と痛切に感じている。
わかっていたことではあるが、やっぱり英語ができなければ、どうにもならない。
体で感じた現実だ。

どんなにいい考えを持っていても、正解が分かっていても、表現ができなければ
そこにいないのと一緒だ。何度日本語ならなあ、と思ったことだろう。
でも、それは全く意味のない言い訳だ。海の外に出れば全く相手にされない。
授業に貢献できない。

でもこれもまた、海外での現実として、受け止めていくしかないだろう。
少なくともこうした現実を知った自分は、前よりも確実に進歩していることは間違いない。

今、日本に一時帰国をしている。Leedsでの時間が幻のようだ。
まだまだ蒸し暑い日本にいると、涼しく少し寒いくらいのLeedsを恋しく思う。

でも次の舞台が自分にとっての本番だ。いよいよスペインに行くことになるのだ。
そこでどんな過ごし方をするのだろうか、それは自分次第。
Leedsでの日々が活かされるようにせにゃあならん。

Thank you, Leeds。

2008年9月5日金曜日

レポートとテストの結果が返ってきた。

Pre-MBAもいよいよ残り一日となった。

そんな時期なので、これまで取り組んできた課題のフィードバックが行われる。

まずは、このPre-MBA最大の課題と言われいているライティングプロジェクトだ。結果は75点。指導教員は他の人よりも短い時間でここまでやったのはPretty goodだと言っていた。自分ではPretty goodだったとは思えないのだが。

前回の途中経過報告時、問題に対する解決策が弱いという指摘がこの指導教員からあったのだが、自分は頑なに解決策の変更を拒んだ。指導教員の指摘が実際に有効であるとはどうしても思えなかったからである。当然ここに関して、指導教員は賛成できないと言う。でもいい。

そして、今度はテストの結果が返ってきた。このテストはA~Dまでの4段階で評価される。次々とクラスメートに答案用紙が返却される。クラスメートのTとFは、B+である。A-が最高だと、解説を行っていたディレクターが言っていたので、このB+はかなりハイレベルである。では僕は…??

C!!

なんだとこのヤロー!!!????

自らの結果に激しく憤りを感じた。しかしここで怒っても仕方がないので、自分の何がいけなかったを分析してみる。

一言で言えば、参考文献の使用が不十分である、ということである。イギリスでは(他の国のことは知らない)、教科書に書いてある学術的に認められた理論や定義をまず述べて、それに基づいて自分の意見を述べるらしい。

今回のテストはBudget「予算」についてだった。予算の主な機能について、予算はビジネスに悪影響を与えるという考えにどの程度賛成できるかについて、以上を論じなければならない。ここで自分は、ほとんど自分の考えのみを書いている。でもその内容は教科書には書いていない。これこれこういう理由で予算が必要である、とは書いた。でも、学術的な裏付けがまるでない論文と判断されてしまうわけだ。自分の意見だけを述べたとしても、それはアカデミックの世界ではまるで通じない。まずはこういう人がいて、こういうことを言っていて、その説明に基づけば私の意見は…という一定のフォーマットに従わないといけないということだ。

つべこべ言ってもしょうがない。それに従わなければ評価されないのであれば、従うしかない。学位をとるためにはしなければならないことがある。

ああ、学生なんだな、と強く思った。

2008年9月3日水曜日

快進撃止まる…そしてスパムメール。散散たる一日。

Leedsにきてから、料理では負けなしだった。レパートリーは数少ないが、それでも意外においしく作れたものである。

しかし、ついに失敗した。肉じゃがだ。レベルが高すぎたのか…。

敗因は肉の臭さ。醤油やみりんをかけても肉の臭さが強く、どうしようもない。酒に酔う以外で吐き気がしたのは久しぶりな気がする。

帰国まで、おとなしくパスタと冷凍ビザでたくましく生きていこう。

ところで、スパムメールにやられた。Yaari.comとかいうソーシャルネットワークサービスの招待状が来たのだ。これが親しい者から送られたくること、また中身は一応ソーシャルネットワークサービスの形をしていることから、疑わなかったのが間違いだった。

これに登録する際、メールアドレスのパスワードを入れる必要がある。Yaari.comはそのアカウントを盗むことが目的らしいのだ。さらに、一度登録すると、アドレス帳にある全員にその招待状が送られてしまうというのだ。こうしたアカウントの盗難が連鎖的に発生する。登録をしてしまったら、早急にメールパスワードを変更する必要がある。

私の名前で招待状が送られてきた皆様、私の不注意でご迷惑をおかけしてしまい本当に申し訳ございません。招待メールが届いた場合は、削除願います。また、すでに登録をされてしまわれた方は、メールのパスワードの変更をお願いいたします。

サイバー犯罪の難しさを思い知らされた。

2008年9月2日火曜日

友よ去る

LeedsでのPre‐MBAも開始後1か月が経ち、あと1週間となった。

一足早く日本人クラスメートのHが本コースが始まるLancasterへと旅立った。その前日も2時~3時くらいまで飲んだ。

クラスメートほぼ全員が中華料理屋、そしてPubで行われた送別会に参加。中華料理はうまい。うますぎる。ばかみたいに辛いのに、山椒の味が嬉しい。

そうした飲みの場では、なぜか知らないが、いつの間にか自分はお笑いキャラになってしまう。自らの意思に反しそのようなことになってしまうのだから、不思議である。だめだ、授業で目立たなくては!!

2件回った後も、Flatに戻りさらにFlatメート達で飲む。久々に飲み過ぎて吐きそうになった。

次の朝、Hは早朝に旅立って行った。他のクラスメートも彼を見送った。わずか1か月でありながら、クラスメートみんな、本当に仲良くなったのだなあと思う。そのクラスメート達も9月になり、学校の寮であるFlatを離れ、Private Flatに移っていくのだ。

そんな自分も、このリーズをあと4日ほどで去ることになる。もう大分長いこといる気がする。

ところでここにきて初めて知ったのだが、このLeedsという町は、イギリスで犯罪率が2番目に高いらしい。日曜日の日本人飲み会に参加していた、9月からLeedsの大学院に進学をする女性が教えてくれた。彼女はこのLeedsに来る前、1年間Londonで暮していたらしい。その住んでいた地域が、相当治安の悪いところであったらしく、頻繁に殴り合いや、血の池を見たらしい。バスも、みんなタダ乗りをしているらしい。でも運転手ももう何も言わないとか。ものを申すと運転手が攻撃をされるらしいのだ。Final Fightの世界だ、これは。ロンドン在住の人間のよるロンドンで一番住みたくない地域アンケートで、見事に第一位に輝いた地域だとか。そんな彼女の情報だから、Leedsの犯罪率の話も間違いはないだろう。

イギリスはこんなんだけど、マドリッドはどうなんだろう。周りの噂だけに基づけば、現在はマドリッドに軍配が上がるだろうか。

2008年8月30日土曜日

28歳になった。

8月28日に28歳になった。もうこの年だから、誕生日といっても、あんまり何かを感じることはないのだけれど、今年はイギリスで誕生日を迎えるというこれまでにない経験をした。

学校では、Tourismに関するMarketingのLectureがあった。Marketingは大学の時にサークルで独学で勉強して以来勉強をしていない。とっても基本的な内容だったと思う。思うというのは、全ての講義内容を聴き取れているわけではないので、確信がないのだ。

その後、LeedsのRoyal Armouries Museumという博物館に行き、Lectureで学んだことを元に、この博物館をSWOT分析せよ、という課題が出た。


Leeds Royal Armouries Museumの中

この博物館は展示物を武器に特化していることが特徴なのである。例えば日本の刀なんかも展示されている。気になったのは、若干の誤認があるのではないかということだ。たとえば18世紀の日本の鎧兜が展示されている。しかし、1700年代の日本に鎧兜を装備する必要がある戦乱があっただろうか…。
また、徳川家康が”Syogun”に任命されたのが1600年だと紹介されていた。それって違うのでは?と思ってWikipediaで調べてみたら、やっぱり1603年だった。

授業が終わると、誕生日を実感する時間を過ごした。あるクラスメートは、スカイプを通じてハッピーバースデーを歌ってくれた。Flatに住んでいるクラスメートは、キッチンで誕生日会を開いてくれた。大勢の仲間に誕生日を祝ってもらうことってほとんど記憶にない(一回もないかもしれない)。自分だけに注目されることが少し恥ずかしかったけれども、嬉しかったでした。

結局夜中の2時まで飲んでいた。くそー、日本語ならもっと面白いこといっぱい言えたのに…!!と、悔しさを噛み締めながら、床につくのだった。

2008年8月27日水曜日

Whitbyに行く

なぜかこのPre-MBAコースには観光が含まれている。この日は、Leedsから東へ、Whitbyという町に行った。

ここはイギリスの東海岸に位置する。が、そこに行く途中、一か所だけバスが寄り道をした。The North Yorkshier Moorsという国立公園である。ここに咲く紫色の花は、幸運を招くらしい。バスが止まったのは、その昔隕石が落下したところだとか。ていうか寒い。寒すぎる。間違いなく気温は15度以下である。

The North Yorkshier Moorsの隕石が落ちた場所

そこから1時間くらいして、Whitbyに到着した。ここはキャプテン・クックゆかりの地として有名らしい。恥ずかしながら、キャプテン・クックが何をした人なのか、よく知らない。クラスメートが早口な英語で教えてくれた。

どうやら大英帝国政府に命令されて世界中を回ったらしく、オーストラリア大陸の形状を明確にしたらしい。でも最終的には航海中ハワイで殺されてしまったらしい。

キャプテン・クックが航海に使用したと言われる船の模型

おそらくクラスメートの早口ぶりからして、もっとたくさんのことを説明してくれていたのだろうが、聴きとれなかった…。最近、自分と話すことを面倒くさく思われていないか心配だ。

Whitbyの町並みは、ヨーロッパってこういうのだよね、という想像通りのものであった。大変素敵である。


ヨーロッパってこういうのだよね

さて、昼飯だが、ついにフィッシュ&チップスを食べた。予想してたよりはマシな味である。そりゃそうだ、2000円以上したんだ。

しかし、ほとんど油の塊である。自分は日本にいた頃は食べ物は残さなかった。米一粒残さない。でもこちらに来て少し変わってしまった。身の危険を感じるほど、体に悪そうに見えるからである。

最近一時帰国した時に何を食べようか考えるようになった。寿司が食べたい、スーラータンメンが食べたい、串揚げが食べたい。日本のスタバに行きたい。(こっちは変な味がする)

ところで2か月経ったにも関わらず、一向にVISA発給の知らせが届かないのが気になる。

2008年8月26日火曜日

3連休

イギリスにはBank Holidayという休日がある。これが土日に続くとあって、3連休であった。しかし、自分はスペインに行くということで、実はイギリスについてノーマークであった。

クラスメートはみんなスコットランドの首都であるエジンバラに行くやら、グラスゴーに行くやら、ロンドンに行くやらで、はりきっていた。連休に入ってから出遅れたことに気づいた!

しかし、結局ストイックな連休を過ごさなければならなかった。ライティングプロジェクトを仕上げなければならない。自分は他の学生より1週間早くPre-MBAを終えることになる。よって、ライティングプロジェクトの締め切りも1週間早い。

結局連休1日目はシティに買い物に行ってしまった。せめて料理はきちんとしようと、生姜焼きを作ることを試みた。

               
人生で初めて作った生姜焼き

酒と味の素を入手するこができなかったが、みりんとおろし生姜は入手出来たので、なんとか生姜焼きを作ることができた!唯一の課題は豚肉の質である。若干臭みがあるのだ。これをどう克服するか。

さて、二日目はひたすら部屋にこもった。一歩も外を出ていない。今日こそはライティングプロジェクトを仕上げてやる。5時間ぶっつけでやり、飯を食った後また5時間ぶっつづけ。TOEFLとGMATをひたすらやっていた頃を思い出した。ぞっとする。二度とやりたくない。でも決定的に違うことは、楽しみながら勉強をしているということだ。

そして3日目。

やっと休日らしい休日が訪れた。Yorkに行ったのだ。Leedsから電車で40~50分ほどのところにある。Yorkは古都で、昔ながらの町並みが特徴的である。歩いてみると、結構広くてどこまでも店が軒を連ねている。もううんざりに思っていたMarks & Spenserももちろんあった。

ヨーク・ミンスター。イギリスで2番目に大きな大聖堂だとか。

Yorkの中心を少し離れ、University of Yorkにも行ってみた。近代的な校舎であり、Leedsとは雰囲気が違う。この大学は草原に囲まれている。草原には牛がいて、モーモー鳴いている。一匹の牛がモーと言うと、他の牛がみんなその牛のところに歩いていっていた。意味のある「モー」だったんだろう。

のんびりと過ごしている牛。

その後、ショッピングモールに行ってみた。日本と同様に、イギリスでもモールが流行っているらしい。こちらの服はデザインがやっぱり日本のものとは違う。また衝動買いをしてしまった。

服なんて日本にいた頃はあまり欲しくならなかったが、ここにきて買い出すということは、心に余裕が出てきて他のことに気が回るようになったということだろうか。

Leeds駅に帰ってくると、バックパックを担いだ女性が大声を挙げていたが、直に二人の警察官が取り押さえていた。女性はものすごい力で振りほどこうとして、警察官が二人がかりでやっと取り押さえることができていた。すぐにパトカーが複数台やってきた。ものすごい勢いでやってくる。もう残り20メートルくらいのところで、他の車をよけるためにスピードを緩めた。でもそこから残り20メートルしかないのに、すさまじい勢いで発車し、警察官が容疑者を取り押さえいる現場の直前で急ブレーキをかけて止まった。なんの意味があるのか。とりあえず急いだのか。

その場を去ると、今度は道の向こうで、男が取り押さえられてる。さらに駅からバス亭に向かう途中で、パトカーが道を封鎖していた。もしかしたらなんかすごい犯罪が発生したのではないか。でもその真相を知ることなく、フラットに戻るのだった。

2008年8月23日土曜日

試験

こちらに来て初めて試験があった。イギリス流の試験である。問題は、

「Budget(予算)の主な機能について述べなさい。また、予算は事業を行うにあたってBad(障害とでも訳すのかな?)であるという考えに対し、あなたはどの程度賛成するか、述べなさい。」

というものである。

何より形式が本当に面倒くさい。誰かの論文を引用する場合は、こういう形式で書きなさい、makeやhelpなどの言葉ではなく、もっとアカデミックなwordを使いなさい、答案用紙はボールペンで書きなさい、 等など。

すっごい面倒くさいんだけど、こうした慣れないことを貴重な経験として、捉えていく必要があるのだ、と自分に言い聞かせる。

考えてみれば、自分の学生時代は、誰も答案用紙の書き方なんて指導してくれなかった。それ故、答案用紙にはみんなが好き勝手に書きたいことを書いていた。それでもたまにA(優)がもらえたりするの
だから、なんて適当であったのであろう。

やっぱり、イギリスはアカデミックなことに関しては非常にシビアである。でも、本来はシビアであるべきなのだろう。学位をとるということなのだから。

ところで最近、あまりの食事のレパートリーの少なさに嫌気がさし、少しづつ工夫を凝らしていくことに決めた。

第一弾は、パスタだ。

自分は日本で「ハシヤ」というスパゲティ屋を愛して止まなかった。毎回同じものを注文した。グリーンアスパラとベーコンの唐辛子トマトソースは絶品である。そして、この際イギリスでその味を再現できないかと、とりあえずスーパーで材料を買い、調理をしてみた。アスパラを自分で煮るのは生涯で初めてのことである。

自作グリーンアスパラとベーコンの唐辛子トマトソース

う…うまい!思い出すあの味!イギリスでこの味と出会えるとは…。

一つ生きていく術を学んだ気がした。意外に自分で料理ができることがわかった。これは相当数のお得意レシピができそうである。

Pre-MBAコースでの勉強以外でも、学ぶことが多そうなこのイギリス生活。もうあと2週間となってしまった。

2008年8月20日水曜日

グループスタディ

MBAの醍醐味の一つとして、グループスタディが挙げられるだろう。Leeds Pre-MBAコースでも、グループスタディを通してケースを分析し、プレゼンテーションを行うプログラムが組まれている。

いつも一緒のクラスメートとは違い、別のMasterコースの学生とごっちゃでグループを形成することになるため、全く知らなかった人達と共に議論をし、一つの結論を導く必要があるわけだ。

自分のチームは、台湾人女性2名、タイ人女性2名、そして自分の計5名である。

お題はイギリスのリテール販売会社であるMarks & Spencer(イトーヨーカドーの高級版みたい)に関するもの。

1.Marks & Spencerの成功の公式とは何か。1990年代後半どんな問題が起こり、業況が
  悪化したのか。
2.Marks & Spencerの執った戦略を批判的に評価し、同社にとって望ましい戦略を提案せよ。

しかしグループスタディというのは大変である。各自が言いたいことをひたすら言う。大変エネルギッシュであり、英語も上手なので、意見は言うのだ。だが、それでは纏めることができない。

おまけに、ちょうど台湾人2名と、タイ人2名なので、いつのまにか台湾人は台湾人同士、タイ人はタイ人
同士仲良くなってしまい、いつの間にか自国の言葉で会話を始める。

さらにお約束で、輪を乱す者が必ず一人はいる。時間を守らない、好き勝手にやる。同じアジア圏でもこれだけの混乱なのだから、本コースが始まっていよいよ地球全体からのメンバーで構成されたチームになったら、どうなるものかと不安でたまらない。まあでも何よりその多様性を求めて、欧州に来たのだけれども。

とりあえず、軌道修正をする役回りに徹しようと考えた。ミーティングの方向性がずれたら、すかさず修正をする。客観的なポジションがこのチームには必要だ。だがさすがに、分析を全くせずにいきなり結論に
もっていこうとした時は憤りを感じた。ただただこのプレゼンをクリアしよう、という姿勢が見えたからだ。

この留学では、プロセスを最も大事にしたいと考えている。自分も学生時代ただただ課題はクリアすればよいと考えていたが、ここではそういう姿勢では全く意味がない。こうしたグループスタディをどう運ぶか、といったプロセスが重要な経験だと思っている。

最終的には1チーム20分間プレゼンをしなければならず、結構長い。よってチームで役割分担をし、各々が4分づつ話すことになった。

さて本番当日。午後一番でプレゼンを行うことになっていた。昼休み前までは、大方よくまとまっていた。
構成に問題はない。分析ツールの選定、分析の結果を出し、結論を導く。当り前のことだが、苦労して当たり前のところまでたどりついた。

だがやはり事件は起きた。

直前の修正。一人はパワーポイントに文字がぎっしり、もう一人は、分析の過程をパワーポイントに記載することを止めてしまった。既に台本をそれに沿った形で修正していた。

そして本番は始まった。

自分の担当箇所についても質問が出たが、想定していた質問だったのできちんと説明が出来た。だが予想通り、パワーポイントが見難い、分析の過程がよくわからない、という意見が出た。自分ひとりでやったほうが、パワーポイントも上手に作れたし、分析もうまくやれたと思う。でもこれからは、それは言ってはいけないのだ。これからはチームとしての成果物が求められることが多くなる。今回のミスは、チームとして反省すべきことだ。

なぜ軌道修正ができなかったのか。プロセスを最重要事項だと考える以上、今回の失敗を糧に改善を考えていく必要がある。

毎日スーパーで買っているうさぎの餌みたいな野菜が、今日はやけに苦いぜ。

2008年8月17日日曜日

Londonに行く

まず最初に書いておきたいことがある。

先日クラスメートに、「あなたは日本人の誰かに似ているわ」と言われたが、それが誰だかわかった。

―演歌歌手らしい。

予想通りだった。そういう風な感じで言われていることには慣れている。

さて、土曜日になった。前から予定していた通り、大学のゼミの友人と会うため、ロンドンに行った。とはいえ、別にどこを回るか決めていなかったので、公園ででガイドブックを開けてみる。友人は再保険会社という日本ではレアな会社に勤務している。多くは欧州で発展している業界のようで、今回研修のためロンドンに来ていたのだ。自分もビジネス研修のためにイギリスに来ている。そのため…かどうか知らないが、ビジネス関連の各所を廻るという、ストイックな観光となった。

まず最初はLondon Business School。ファイナンスで世界最高峰の教育を施すこのビジネススクールを見ようとBaker Streetで降りてみた。もちろんあのシャーロックホームズで有名なBaker Street。

London Business Schoolの校舎

あまりに立派な建物にびっくり。FT世界第2位の学校だけのことはある。というか政府機関みたいだ。

次は、Cass Business School。ここは自分の会社の先輩が卒業をした学校。近年急速にランキングを上げている学校。何よりその綺麗な建物、設備に驚いた。しかも場所はCityにあるため、ロンドンの金融を
肌で感じながら勉強することができるのだろう。

近代的なCass Business Schoolの校舎

その後はCityをぐるぐる回る。金融の発祥地ということで、一度はみてみたかった。休日だから閑散としていたが。荘厳なイングランド銀行、Royal Exchange Market、Lioyd’s等々興味深い。中でも特に面白かったのは、Lioyd’sのビルだ。

この工場みたいなデザインが特徴的である。

Lioyd'sとは、保険の取引所のことらしい。証券と同じように、保険を売りたい者、保険を買いたい者の
ため仲介をする役目を果たすとのこと。もともとはコーヒー屋だったLioyd’sという人のコーヒー屋に
船主が集まり、相互に助け合おうということから、海上保険が発達したとか。

勉強熱心な友人が観光ガイドのように教えてくれたので、聴き入ってしまった。

友人と、「まさかロンドンで会うことになるとはねえ。俺達もだいぶ国際的になったもんだ」などど笑い合っていたが、本当にその通りだ。

結局、夜遅くにリーズに帰ってきた。夜のリーズ駅では、まさに観光ガイドに書いてある通り、酒を飲んだ若者がそこら中で大暴れをしていた。中には、興奮して腕立て伏せをしていた者もいた。

今日、ロンドンで「さむらい」という寿司とお弁当屋をみた。ステレオタイプは止めてくれよなあ、なんて話していたけど、紳士の国というのも本当にステレオタイプだよなあ。

2008年8月15日金曜日

10分間プレゼンテーション

懸念されていた10分間プレゼンテーションを行う日がやってきた。

自分の順番が回ってくるまで、皆流暢な英語でプレゼンを行っている。いろいろな職種のクラスメートがいる。

・日本の証券会社の財務部に勤務。公認会計士。
・台湾にある、フランス資本のブランド品Distribution会社でマーケティング。
・台湾のCM制作会社に勤務。(プレゼンではCMが流れた)
・タイ最大のエネルギー会社で、会計業務。
・外資系IT企業の巨人ともいえる企業にて、プロジェクトマネージャー。
・Big4の中の最大の会計事務所にて、監査業務。

クラスメートのプレゼンを聴きながらも、自分が終わっていないので、ドキドキは継続中である。

そして自分の番が回ってきた。自分のトピックは「総合商社におけるリスク管理」である。
総合商社とはなんぞや、というところから説明が始まる。商社金融というものがある、時には融資や投資もする、在庫機能、物流機能…等々の説明をする。

途中、意図せぬところで笑いが起きるのが妙である。え、なぜ笑っているの!?と焦る。プレゼン自体は特段の問題なく終了した。(と思っている)だが問題はその後だ。プレゼンの最中、自分をみてやたらと笑っている台湾人の女性がいた。なぜそんなに笑っていたのか?と後になって尋ねてみた。

「あなたが面白いからよ」(映画の字幕風の日本語訳)
「何がそんなに面白かったんだい?」
「プレゼン中のあなたの動きよ…こんなふうにね」
彼女は手をブラブラ動かした。
「!!それってもしかして、ヒップホッパーみたいにクールだったことかい?」
自分ははヒップホップのPVで歌い手がカメラの前で手を動かす様や、DJの真似をしてみた。ターンテーブルの音付きで。
「not so fashion もっと年齢が上の日本人の誰かに似ているわ…」

俺は海を渡っても三枚目なのか…。いったい誰に似ているんだ!?

2008年8月13日水曜日

Pre-MBA 最大の課題

このPre‐MBAで最大の課題が、Writing Projectである。お題をかいつまんで表現すると以下のようになる。

「Human Resource ManagementかHuman Resource Marketingのどちらかを選び、それぞれに関連する前職の企業の問題点を明らかにし、ビジネス書籍や論文に掲載されている分析ツール(SWOT分析等)を用いながら、有効な解決策を提言せよ」

あれ、MBAってもっと実践的なものじゃなかったっけ?と思ったが、考えてみればMaster of Business Administrationという修士の学位なのだから、論文を書いて当然だったのだ…。自分はHuman Resource Management(HRM)のトピックを選んだ。勤務先について、この点について言いたいことは山ほどあるからだ。

だが、冷静に考えてみると、HRMというものを体系的に勉強したことはなかった。このトピックを選択することで、山ほどある言いたいことを言ってもいいものなのか、がわからないのだ。

つまり、現状は全く正体不明の敵と戦っている状態である。(平和な時を過ごしていたが、突然ラディッツが登場し、戦々恐々としていた悟空の気分だ)ということで、ここ数日は本探しに奔走した。

英国の大学の図書館は、日本とは比べ物にならないほどでかい。博物館状態である。本の数も多い。全く同じ本でも、10冊くらいおいてある。それほどまでに本を借りたい学生が多いということだろう。

HRMに関する本も無数にあった。とりあえず、内容が初歩的なものをターゲットにした。

いかにも、って感じの本。

Introductionとはいえ、簡単に読み進められるものでもない。マグカップ一杯のブラックコーヒーをがば飲みして眠気を覚ます。でもそうすると眠くなくなるので、今夜もワインを一気にがば飲みする。

2008年8月12日火曜日

国の違い

第2週目が始まった。多様性というものを様々な点で感じる。

今日は午前中にListeningの授業があった。そこで、効果的なノートテイキングの仕方を習った。例えば省略文字の使用を勧められる。For exampleなら"e.g."みたいな感じだ。そこで"N.B."というのが出てきた。自分と隣に座っていたタイ人の女性クラスメートは、これが何を示しているのか全くわからなかった。自分は彼女にこう言った。

「This is New Balance.」

もちろんあの靴のNew Balanceだ。気の利いたジョークだと我ながら得意気だった。しかし彼女はN.B.と書いてある横に、New Balanceとメモを書き始めた。自分は驚いてしまい、慌てて今のは冗談だと伝えた。

今日の2時間目は、10分間のプレゼンだった。今日はクラスの半分の学生がプレゼンをすることになっていた。自分は木曜日に行うので、今日は一日プレゼンをされる側だった。短い時間の中で気づいた特徴があった。た…台湾人のプレゼンは長い。彼らは誰一人として、10分間というリミットを守っていなかった。

さて、今日は大学からFlatに帰る時、サウジアラビア人の友人Mと話をしていた。サウジアラビアでは、結婚前に男女交際をしてはいけないらしい。そもそも結婚前に女性は男性に顔を見せてはいけないという。だから、結婚するかしないか、という瀬戸際の時、お嫁さんの両親は「この娘は素晴らしいよ!」と
誰もが同じような話をするらしい。うちの製品は最高です、みたいな感じらしい。ただ、会話を通してその女性の性格を知り、その性格に基づいて、生涯を共にする人を決める、という姿勢は素敵だな、と思った。

新鮮な一日だった。

2008年8月11日月曜日

部屋にこもる

今日はFlat(寮)から一回しか出なかった。午前中、すさまじい警報がなり、一時住居者がみんな外に出されるトラブルがあった。Flatの誰かがトーストを焦がしたとか何とかで、警報装置が反応をしたらしい。

この警報装置、とにかくうるさい。爆音で絶対に目が覚めるし、うるさ過ぎて部屋の中にいられない。避難をさせるために、敢えてうるさくしているのかもしれない。

さて、騒ぎが治まるまで、日本人クラスメートTさんの部屋にいくことになった。部屋にはTさん、Hさん、自分と日本人が3人。

と、ちょうどそこで北京オリンピックの柔道66kg男子の決勝戦が行われていた。BBCサイトからLiveで中継を観ることができるので、我々は見入ってしまった。

海外で、日本人が集い、一緒にオリンピック競技を応援するなんて、なんてマンガみたいに典型的なシチュエーションだろうか。

しばらく見ていると、いつの間にか内柴選手の金メダルが決まっていた。みんな「あれ?」って感じだった。英語の実況がよくわからず、且つあまり抑揚のないものだったので、気付かなかったのだ。日本のあの大げさな実況が恋しいところである。

さて、その後は10分プレゼンテーションの準備にひたすら時間を使う。自分の会社、仕事経験を
プレゼンするというものだ。

自分は内勤であったため、これまで仕事でプレゼンをしたことが一度もない。おまけに総合商社というものは日本にしかなく、外国人に説明することはとても難しい。さらに、自分の仕事は商社のリスク管理というこれまた特異なものであり、日本人でさえ馴染みがない。

木曜日の本番が相当心配だ。とりあえず、クラスの一部は月曜日にプレゼンをするから、そこで様子を伺うとしよう。

夕飯は、やっぱりパスタだった。というか、自分はパスタ以外に料理ができない。渡航前、やっとのことでパスタの作り方だけ覚えたのだ。でも今日は、Hさんという心強い仲間がいる。しかし、彼も渡航するまで
自分で料理をしたことが一度もなかった。海外でMaster Degreeを取ろうという大の大人が、料理一つ出来ないなんて…とお互い苦笑する。自分はパスタを茹でる担当。絶妙の茹で加減であったと自負している。塩を惜しみなく入れることがポイントらしいので、惜しみなく塩を入れた。Hさんはソースを担当。ベーコンを通常の2倍の大きさのままフライパンに突っ込んだ。自分の大好きなスパゲティ屋「ハシヤ」を見習い、パスタとソースは別々に作るこのこだわり様。かくして、カルボナーラは完成した。

人生初の自作カルボナーラ(自分はパスタを茹でただけ)


きっとイギリスを離れる頃、我々はパスタの達人になっていることだろう。

…吉野家の牛丼が食べたい。

2008年8月10日日曜日

Leeds観光

Pre-MBA最初の週の最終日。

午後はLeeds観光が組み込まれていた。本当にただの旅行みたいな状況で、Master degree、Undergraduate関係なくPre-MBA参加者全員が観光バスに乗り、名所に着いては降り、写真を撮っていた。

最初は、Kirkstallと呼ばれる教会。1152年から1182年の間にモンクによって建てられたものらしい。今は廃墟となっており、当時の風景を想像するしかない。


Kirkstallの一部。


その次は、Roundhay Park。だだっ広い敷地に、芝生が入念に手入れされている。とても綺麗な公園で、日本にもこういった場所があったらいいなあと、イギリスを少し羨ましいと思った。

Roundhay Parkの一部。


これからこうした場所に来れる機会が果たしてどれだけあるだろうか。せっかく海外に生活をするようになったのだから、できる限り現地の名所を訪れたいと思うのだが、やはりこれが日本人のよくない性質なのか、たくさんの課題が気になってしまうのである。

イギリスにしては珍しく、透きとおった晴れた日だった。

2008年8月8日金曜日

授業本格的に開始

オリエンテーション期間も終わり、いよいよ本格的に授業が始まった。

自分クラスは合計で16名。台湾人7名、日本人4名、タイ人1名、スイス人1名、トルコ人1名、サウジアラビア人1名、一人は後ほどJoin、という構成である。

今週は主に、Writing、Bubiness Language Development、Oral Presentation、Reading、とビジネスに必要なツールを学ぶための授業が組まれている。

Oral Presentationでは早速クラスメートの前で3分間の簡単なプレゼンを課された。クラスの中で2人組になり、相手についてプレゼンをするというもの。

驚いたのはみんなの英語が上手なこと!なんでPre‐MBAにいるの??って感じである。目を閉じれば、ネイティブスピーカーと全く変わらない台湾人もいる。日本の英語教育の早急なる改革の必要性を
感じずにはいられない。

また、時間が経ってくると、先生も次第に本来のスピードで話し始め、これがブリティッシュイングリッシュの発音なもんだから、わけがわからなくなってくる。元々リスニングに不安を抱えていた自分なので、
これはとても刺激的であり、辛いところでもある。経験がある人も多いと思うが、みんなが笑っている時に、なんで笑っているのかわからないあの取り残された状態が継続してしまうわけである。

さて、授業も本格化し、いよいよ来週は10分間のプレゼンをすることとなった。自分の発表は来週の木曜日。お題は自分のビジネス経験について。これに週末は集中することになるのだ。

と考えたら、時間は今日くらいしかないだろうということで、クラスメートとリーズの中心地に行ってみた。

まずはリーズ駅で、16-25 Railcardの購入を試みた。学生向けの、電車に安く乗れるカードのことだ。
最初にクラスメートが窓口で購入しようとしたら、この窓口のおばちゃんがかなりルールに厳格で、写真の裏面に大学のサインがないと売れないという。でもその後もう一回トライして、今度は若い姉ちゃんがいる窓口に行ったら、あっさりと購入できた。いい加減だな、英国!



リーズという街は意外にたくさんの店があって、さすがショッピングの街といわれるだけのことはある。何よりショッピングストリートが美しい。



こんなに美しいのだが、携帯電話のLockを解いてもらうため、 かなりジャンクな店に行く必要があった。日本でいえば、秋葉原にあるような店だ。こっちの携帯電話は、携帯電話にキャリアーのSIMカードを入れて使う。キャリアーというのは、日本でいえばドコモや auみたいなものだ。自分の携帯はこのSIMカードに金をデポジットして、デポジットした金額分だけ通話が可能になる、所謂Pay as You Go式の携帯だ。だから携帯電話自体は何を使っても構わない。この間、学校からやたらと国際電話の安いキャリアーの SIMカードをもらい、それを使いたかったのだが、最初にO2という巨大なキャリアーのSIMカードを使ってしまったので、 こいつを解除する必要があるというわけ。これを解除することをビジネスにしている連中がおり、これを探すため リーズの中心街を奔走したのだ。

最終的にO2の店員の情報を基に解除屋を発見できた。O2としては解除されてしまったら、自分たちが儲からなくなるわけだから、解除をしてくれる店をおしえてくれと訊いたならば、普通はおしえてくれないと思うのだが、彼はあっさりとおしえてくれた。やっぱりいい加減なのか、英国!?

2008年8月6日水曜日

Pre-MBA開講

いよいよPre-MBA開講となった。

まず最初に初めて海外の大学に学生として足を踏み入れるわけだ。やたらとでかい校舎が広大な敷地にたくさん並んでいる。いかにもイギリスって感じの建物から、近代的な建物まで色とりどりであり、これにはさすがに感動した。



さて、Pre―MBAと言っても最初はオリエンテーションだ。コースの概要や、困った時はここに訊きなさい、とかそういった説明が延々となされるわけである。自分はここを5週間で去ってしまうわけだが、みんな向こう1年間過ごすわけだから当然重要な話なわけだ。

このコースの参加者といえば、大部分はアジア人である。特にタイ人、台湾人、中国人、日本人が多い。
インド人は思ったより少ない。稀にスイス人、トルコ人、サウジアラビア人がいる。

しかし、British Englishの聴き取り辛いことったらないよ。これまでTOEFLで聴いてきた英語や、カウンセラーの話す英語とはまるで違う。でも周りの学生はIELTSを受験した人が多いみたいで、耐性があるようだ。

昼休みは、学食で昼飯を食べたが、ここの学食は綺麗でびっくりした。しかもメニューが豊富でウキウキした。噂通りイギリスの食べ物はまずいので、これには救われた。この学食の料理の味も特段ウマいわけではないのだけれど。


最初はオリエンテーションばかりだけど、さてさて、本格的に授業が始まったらどうなることやら。
毎日tutorが喋る英語に集中していて、眠くてたまりません。

2008年8月4日月曜日

Blog開始

念願であった留学の機会がついに訪れた!この貴重な経験をぜひ記録に残したい。

ということでまずは始めてみよう、Blogというものを。

私はイギリスのUniversity of Leedsの学生寮でこれを書いている。明日から6週間のPre-MBAコースが始まるのだ。

さきほどPreコースを受講する学生たちを迎えるウェルカムパーティーに行ってきた。やっぱり9割はアジア人。でも日本人よりははるかに英語が上手である。こりゃPreの段階からずっと緊張しっぱなしだわな…。イギリスの食べ物に既にまいり始めているが、しっかり食べないと体を壊してしまいそう。

ところでこのBlogの題名にSpainの文字があるが、最終的にはSpainのIE Business SchoolのMBAを
受講することになるからである。

現在は、スペインに行く前段階として、英語を強化すべくイギリスまで来ているわけ。

海外生活自体が初めてなので、Preの段階でも大分緊張気味だが楽しみながら激しく勉強したい、そう誓うのであった。